人気ブログランキング |

待つのは、大変

 今日は、午前中は大掃除をして、午後から夫真也の仕事に、すぐ帰ってこられると思い、軽い気持ちでついていったのですが、何時間も現場で待たなければいけない仕事でした。わたしとひめちゃんは車内で待っていられず、近所あちらこちらを歩き回っていたのですが、さすがにそれでも待ち疲れてブツブツ文句を言っていました。何か予想外に待たされると、どうして良いのかわからないですね。イライラして、何か気を紛らわしたくなりますね。
 聖書に救い主イエス・キリストがもう一度この地上に来られると約束されています。
信じてはいても、本当に来られるのだろうか、いつになるのだろうか。と待たされることが長引くほど疑いたくなります。イライラして自分に都合良く何かをしたくなります。
  新約聖書マルコによる福音書13章にイエスさまと弟子がイエスさまがもう一度この地上に来られる「再臨」の時について話し合われています。後半の方で新約聖書(現代訳) マルコによる福音書13章32~37節
32、ただし、その日がいつであるかについては、だれも分かりません。それは天の御使いたちにとっても、また、わたしにとっても関心事ではありません。わたしがもう一度この世に来るという事実は大切ですが、その時がいつであるかということについては、天のお父様の権限の中にだけあることです。
33、 気を付けなさい。目を覚まし、注意していなさい。主の再臨の時がいつであるかは、あなたがたには知らされておりません。
34 、それは、ちょうど、旅に出る人が、出掛けに、僕たちにそれぞれの仕事を割り当てて、責任を持たせ、門番には目を覚ましているように言い付けるようなものです。
35 だから、目を覚ましていなさい。いつ、家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、夜明け前か、明け方か、だれにも分からないからです。
36 、主人が不意に帰って来た時、眠っているところを見付けられないようにしなさい。
37 、目を覚ましていなさい。 わたしがあなたがたに話していることは、すべての人に言っているのです。

この地上全ての人が救われるまで、イエスさまの再臨は延ばされているのだということですが、、、
今日の経験で、いつまでかわからないことを「待つ」というのは、結構難しいことだなあと思いました。
毎日、神様の恵みによって生かされていることを感謝しつつ、日々与えられる良い物で心を満たして過ごして生きたいなあと思います。
a0023043_21182271.jpg
by dynabooksx | 2007-12-27 21:14 | 愛理の子育て日記

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30