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携挙(Rapture)について

これもしばらく前から扱おうと思いつつも先送りになってしまっていたことだ。日本語では携挙(けいきょ)だけれども、普通の人はこんな言葉を聞いた事が無いだろう。もしかしたらクリスチャンとして教会に通われている人でもほとんど意識したことの無い人もいるかもしれない。

「携挙」、世の終わりの時、イエスを信じるものが一瞬で空中に引き上げられ、そこで主に会うという出来事である。そんな馬鹿なこと本当に信じてるの? と驚かれるかもしれないが、日本には少ないかもしれないが、世界にはそれを待ち望んでいる人々がゴマンといるのである。普通聖書では「携挙」という語句こそ使われてはいないが、それを意味する内容が新約聖書の至るところにちりばめられている。聖書箇所をたくさん引用したいが、これは知り合いのブログから頂いた。分量があるのであとでゆっくり目を通してほしい。


長野県の単立キリスト教会 マラナサ・グレイス・フェローシップ(MGF)の型破り牧仕のキリストバカ一代

これだけでかなり長くなってしまったので、とりあえず聖書箇所の紹介のみで、考察については後にしましょう。


●「ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。」(マタイ24:36)

●「霊によってでも、あるいはことばによってでも、あるいは私たちから出たかのような手紙によってでも、主の日がすでに来たかのように言われるのを聞いて、すぐに落ち着きを失ったり、心を騒がせたりしないでください。だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人(欧州連合のリーダーとして現われる反キリスト)、すなわち滅びの子が現われなければ、主の日(携挙後の患難時代=この世の最後の7年間)は来ないからです。」(Ⅱテサロニケ2:2,3)

●「さて兄弟たちよ。私たちの主イエス・キリストが再び来られること(地上再臨)と、私たちが主のみもとに集められること(携挙=空中再臨)に関して、あなたがたにお願いすることがあります。」(Ⅱテサロニケ2:1)

 私はクリスチャンだが、携挙なんて知らないし、携挙なんて困る、という人は主を愛さない者である。もしあなたが主を愛する花嫁であるなら、携挙は主と結ばれることだから、何よりも待ち望むはずである。

●「主を愛さない者はだれでも、のろわれよ。主よ、来てください(原語はアラム語で“マラナサ”。携挙を待望する祈り)。」(Ⅰコリント16:22)

●「御霊も花嫁(教会)も言う。『来てください。』これを聞く者は、『来てください。』と言いなさい。渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをただで受けなさい。・・・これらのことをあかしする方(イエス)がこう言われる。『しかり。わたしはすぐに来る。』アーメン。主イエスよ、来てください。」(黙示録22:17,20)


●「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたし(イエス)を信じなさい。わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て(携挙)、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。」(ヨハネ14:1~3)

●「私たちの住まいである地上の幕屋(肉体)がこわれても、神の下さる建物(携挙時、肉体が贖われること=栄化)があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家(栄化)です。私たちはこの幕屋(肉体)にあってうめき、この天から与えられる住まい(携挙時の栄化)を着たいと望んでいます。それ(携挙時の栄化)を着たなら、私たちは裸の状態になることはないからです。確かにこの幕屋(肉体)の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています。それは、この幕屋(肉体)を脱ぎたいと思うからでなく、かえって天からの住まい(携挙時の栄化)を着たいからです。そのことによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためにです。」(Ⅱコリント5:1~4)

●「また、神が死者の中からよみがえらせなさった御子、すなわち、やがて来る御怒り(患難時代)から私たちを救い出してくださるイエスが天から来られる(携挙)のを待ち望むようになったか、それらのことは他の人々が言い広めているのです。」(Ⅰテサロニケ1:10)

●「眠った(キリストにあって死んだ)人々のことについては、兄弟たち、あなたがたに知らないでいてもらいたくありません。あなたがたが他の望みのない人々のように悲しみに沈むことのないためです。私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られる(携挙)はずです。私たちは主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られる(携挙)ときまで生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません。主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます(携挙)。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ(携挙)、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。兄弟たち。それらがいつなのか、またどういう時かについては、あなたがたは私たちに書いてもらう必要がありません。主の日(携挙後の患難時代)が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。人々が『平和だ。安全だ。』と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。しかし、兄弟たち。あなたがたは暗やみの中にはいないのですから、その日が、盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。あなたがたはみな、光の子ども、昼の子どもだからです。私たちは、夜や暗やみの者ではありません。ですから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして、慎み深くしていましょう。眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うからです。しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。神は、私たちが御怒り(患難時代)に会うようにお定めになったのではなく、主イエス・キリストにあって救い(携挙)を得るようにお定めになったからです。」(Ⅰテサロニケ4:13~5:9)

●「またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光(携挙時の栄化)を望んで大いに喜んでいます。」(ローマ5:2)

●「ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒り(患難時代)から救われるのは、なおさらのことです。もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救い(携挙)にあずかるのは、なおさらのことです。」(ローマ5:9,10)

●「あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。私たちのいのちであるキリストが現われ(携挙)と、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現われます(携挙時の栄化)。」(コロサイ3:3,4)

●「今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光(携挙時の栄化)に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われ(携挙時の栄化)を待ち望んでいるのです。それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光(携挙時の栄化)の自由の中に入れられます。私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われること(携挙時の栄化)を待ち望んでいます。私たちは、この望みによって救われているのです。目に見える望みは、望みではありません。だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。」(ローマ8:18~25)

●「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿(携挙時の栄化)にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光(携挙時の栄化)をお与えになりました。」(ローマ8:28~30)

●「聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみなが眠ってしまうのではなく、みな変えられるのです(携挙時の栄化)。終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。朽ちるものは、必ず朽ちないものを着なければならず、死ぬものは、必ず不死を着なければならないからです。」(Ⅰコリント15:51~53)

●「けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになる(携挙)のを、私たちは待ち望んでいます。キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです(携挙時の栄化)。」(ピリピ3:20、21)

●「愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現われた(携挙)なら、私たちはキリストに似た者となること(携挙時の栄化)がわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。キリストに対するこの望みをいだく者はみな、キリストが清くあられるように、自分を清くします。」(Ⅰヨハネ3:2,3)

●「祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現われ(携挙)を待ち望むようにと教えさとしたからです。」(テトス2:3)

●「私たちの主イエスが再び来られる(携挙)とき、御前で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのはだれでしょう。あなたがたではありませんか。」(Ⅰテサロニケ2:19)

●「今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われ(携挙)を慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。」(Ⅱテモテ4:8)

●「すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行ないなさい。それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。そうすれば、私は、自分の努力したことがむだではなく、苦労したこともむだでなかったことを、キリストの日(携挙)に誇ることができます。」(ピリピ2:14~16)

●「ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現われ(携挙)のときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。」(Ⅰペテロ1:13)

●「あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行ないなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救い(携挙)が私たちにもっと近づいているからです。」(ローマ13:11)

●「そこで、子どもたちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、キリストが現われる(携挙)とき、私たちが信頼を持ち、その来臨(携挙)のときに、御前で恥じ入るということのないためです。」(Ⅰヨハネ2:28)

by dynabooksx | 2011-02-07 16:04 | 真也の視点

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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