ようやく、あきらめられた
 昨夜、久しぶりに双葉から避難する際、早々に持ち出した、双葉で食べていた米を炊いて食べました。
双葉郡の米といえば、日本有数の米どころ新潟の米と変わらない、甘くてもちもち冷めても美味しいお米。
「死ぬ間際には、もう2度と手に入れることが出来ない、双葉の米を食べて死にたい。」
と今まで保存してあり、まだ少し残してあります。

炊き上がって、いざ食べようとワクワクしてご飯を口に。。。!?
なんと残念な事に、私の知っていた双葉の米とは全く違い、美味しくなかった。
1年8ヶ月保存していた為、ほこりっぽい匂いがつき、しかも精米した白米状態で保存だったので、なんだか味が抜けて、パサパサ。。。

たかが米?いえ、この双葉の米はもう2度とあの大地では作ることが出来ない幻の米。
双葉の人の命をささえ、成長させ、心を豊かにしてくれた米。
それが、もう以前の味ではなくなっていた。。。

旧約聖書出エジプト記には、イスラエルの人々に食料として、神さまが日々天から降らせてくれたマナ、安息日前には多くとっても良いが普段は日々必要な分だけをとって食べなさいと言われていたマナ。
欲張って多く残しておくと、虫が付いて臭くなった、天からのパン、マナの事が残されていますが。。
私もマナを欲張って残しておいた人のような気持ちを味わいました。

「そうか。。もう次に進まなければいけないんだ。思い出に生きるのではなく、もっと今を大切にすることなんだ。いよいよ、あきらめなければいけないんだ。。」とおもいました。

私達は、早々に福島県を出ました。
順調に避難生活は過ごす事が出来ましたが、思い出すのは、やはり地上の天国のような大自然の美しい双葉。自然の満ち溢れた双葉、青い広い広い空と透きとおったしかし白波激しい海、
豊かな実りを与え続けてくれた大地、水!
双葉。
東京生まれで東京で育った私(愛理)にとって、双葉はそれまで経験した事が無い、自然の大きなふところに抱かれて過ごす事ができた地上の天国のような日々でした。
呪われた原発がある事を思い出すことが無いぐらい。

突然の避難。とにかく危険なところから離れなくてはいけなかった、
何故、双葉なんだろう?何で双葉に原発があったのだろう?。。
大きな喪失感を味わいました。

避難してしばらくは、放射能汚染されていても歳をとったら必ず戻るんだと思っていたのですが、
事態はそんなに甘いものではなかった。
あと数百年は人はまともに住めない、大変な土地になってしまったことをようやく理解。
ようやく、あきらめることができました。

最近、こういうちょっとした出来事を通して、双葉での生活の数え切れない幸せだった事を
思い出として扱うことが出来るように。

天の神様は、双葉で間違いなく、私を生かし、導き、守ってくださったように、
この避難生活の間も、そして次につながるこれからも、少しも変わらないんだと確信しています。

ハレルヤ♪
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# by dynabooksx | 2012-11-14 03:46 | 愛理の避難生活
今になり、振り返って思うこと。
先ほど目が覚めてから、すっと心の中に浮かんできたことを素早くIPhoneでしたためましてフェイスブックに投稿しました。そのコピーをこっちにも貼っておきます。


+++++++++


心が小躍りしながら早朝に目が醒める。震災の直前も今と同じような状態になっていた。神から示されてくることを、一つも取りこぼしたくないという思いが私を駆り立てたからだった。しかもあの時は、圧倒的な迫り来る何かに背中を押されるように毎朝取り成しの祈りを捧げていたものだった。

震災後少し落ち着いた頃に自分のブログを眺めて驚いたことは、震災2日前の3月9日に「怒りをもう少し止めてくれ」との内容で書き込んであったことだ。
確かあの日、僕は福島第一原子力発電所の放射性管理区域内のゲートの内側に入る仕事をしていた。入口が渋滞で車を列にして待ってた時、レミオロメンの「3月9日」の曲がラジオから流れて来たのをはっきりと覚えているからだ。

あの時の海と空があまりにも美しかったのが忘れられない。それをiPhoneで撮りたくて、コッソリ持ち込もうとしたが守衛に見つかって取り上げられた事も記憶に残っている。
みんなで仕事をした現場作業は本当に楽しかった。奴等今頃何をしてるんだろうなぁ。

弟子から警告されていたからとはいえ、あと2日であんなことになるなんてなぁ。俺達は、本当に伝えるべきことを伝えたのか、為すべきことを成したのか、真剣に悩んだよ。

それであっという間に世の中が終って行くのかと思いきや、どうもスムーズにそうは行かないようなので、僕も頭の中を軌道修正せざるを得なくなった。

まだ自分の人生に残りの部分があるのなら、それを全力で燃焼させる。

原発事故は今の世の中に対しての警告であるのだけれども、あれは同時に私に対してのものだ。お前が動かなければ、これぐらいのことをする覚悟があるという意思表示なのだ。それで鼻っぱしでやられたんだ。

私は聞いてはいたが、それはさすがにやり過ぎだろうと神にくってかかったが、事が動き始めてではもう遅い。後悔先に立たず、だ…

しかし、驚いたことに私の町の知人の多くの人々が、今回の出来事を「神からの救い」として捉えていることを何度か確認した。何か特定の宗教をやっていたからだというのではない。誰もが、格闘の中で自分のこれまでの人生と向かい合い、そのような結論に行き着かずにはいられないのだ。

私の弟子は、震災の2ヶ月前に、自分の勤めていたガソリンスタンドがまもなく無くなるんだと宣言をした。酔っ払って足下が定まらず、歩けない映像を見たとも言っていた。
正直何のことを言っているのか、私も良く分からなかったのだが、優しい彼が自分の職場の仲間のその後を心配しているのに対して、私は自分の町の人々が救われるようにと祈った。

ここまで時間が進んでくると、あの時の内容が恐ろしくさえ思える。どうも神は本気で私の祈りを実現させようとしているらしい。それでまた、寝ているのが惜しくなってくるわけだ。


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# by dynabooksx | 2012-11-11 04:59 | 真也の視点
ゲンさんの絵
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本日ゲンさんが、島田の最終処分場前で画を描きました。テーマは「活き活きと躍動するいのち(神の思い)」だと思います。わたしはこれに言葉を添えたいと思います。

初めにあったのは神さまの思いだった。
思いは神さまの胸にあった。
その思いこそ神さまそのもの。
初めの初めに神さまの胸のうちにあったもの。

神さまの思いが凝ってあらゆるものが生まれ
それなしに生れたものは一つもない。

神さまの思いにはあらゆるものを生かす力があって
それはまた、生きる喜びを人の世に輝かす光だった。

光は人の世の闇を照らしているというのに、
闇に住む人はそのことに気がつかないでいたのだった。


ヨハネによる福音書第一章(ガリラヤのイエシューより)


a0023043_18391641.jpg
これは、天地創造前の絵。

追記、、
福田さんが、素早く合成で作ってくれました。
a0023043_5591085.jpg

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# by dynabooksx | 2012-11-07 18:41 | 聖書の言葉
賢く、生きていますか?
出エジプト記には、
モーセ率いるイスラエルの人々が長年のエジプトでの奴隷生活から開放される際、
どのようにパロの支配から神様が導き逃れさせたのか、どのように対策して、どのように生活してという様子が書かれています。
特に11章12章には「主の過ぎ越し」という災いから守られるための対策が細かく書かれています。

今、日本はふくいちの原発大爆発の為に、日々放射能で汚染され続けています。
日本だけに留まらず世界中の大気に海に放射能は、流れ出ています。
東日本はもうだめ、日本の半分以上はすでに人間が住むには、特に子供には放射能汚染が深刻です。
テレビや新聞では原発収束したので、「復興」「日本再生」と言っていますが、実際は、これからどれだけの健康障害が出てくるのか、恐ろしいところです。

「食べて応援」という騙し言葉は、人間を放射能まみれにさせる悪魔の言葉です。
電通と言う原子力ムラの一員である会社が復興金を盗んで考え作り上げた、偽せものの助け合いです。
今回の大災害は食べて応援できるほど甘いものではありません。

もし東北を応援するなら、放射能で汚染され農作物・水産物が出荷できなくなった人々の為自治体に
政府と東電を、その他今まで原子力にたずさわって、原発を推進して、巨額の富を得てきた人間達を裁判にかける、出荷できなくなった分の賠償を申し立てる為に、協力するべきです。

出荷できなくなった農作物はどこに消えているのでしょう?
誰かそれがどこに行ったのか、もちろんテレビや新聞が報道するわけがありません。
そういう罪深いことを農家にもゆるし、自分達もどこかで内部被曝して、命をちぢめることをしているのです。


放射能汚染でボロボロの日本。

この放射能は、唯一の神を信じていても、神は、人間の身体を放射能に勝てるように、創造されていません。
賢く知恵を用いて、汚染されていない食べ物を自分も家族も、特に子供達は食べなくてはいけません。
西日本にいるから安全ではありません。
日本の流通は世界一です。その日の朝に北海道で取れたものが、夕方には、沖縄でお店にならぶ。
東日本の汚染された肥料や堆肥が流通し、汚染されていない土地で使われたなら、もうその土地は何十年と汚染農作物しかとれません。

放射能測定した食べ物、
なるべく西の土地で作られたもの、
農家に直接どんな肥料や堆肥を使っているのか聞く、
自分で安全な土地を見つけて野菜を作る、
などなど、賢く知恵を用いることが不可欠です。

放射能で健康障害が出てしまった子供やこれから出るかも知れない子供達を原発を爆発させてしまった時代の人間として、自分の子供も他の子供も守ることが一番大切です。

私が中学生の時に、頭の良い社会の先生は
「チェルノブイリの原発事故は大変なこと。雨に濡れるな!マスクをして学校に来なさい!
ヨーロッパの製品は食べるな!」と授業をつぶしてまで放射能の恐ろしさを教えてくれました。
本当にありがたいことだったと今でも思います。


主の過ぎ越しを逃れたモーセやイスラエルの人々のように、この放射能汚染時代も、
祈りつつ、知恵を頂きつつ、希望を持ちつつ生きていきたいものです。
ハレルヤ♪

*ちなみに我が家では、給食の牛乳は、子供達飲んでいません。
給食センターにも電話して食材の産地などを確認したり、
ゴミ焼却場でがれきを燃やしていないか?など自分で確認するようにしています。
テレビや新聞は本当の事を教えてくれません、
人間に与えられている頭と知恵をフルに動かして生きたいと思います。

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# by dynabooksx | 2012-11-07 10:00
For Jesus Sake~主イエス・キリストの為に~
聖霊のはたらきがあまりにも、鮮やかに、生き生きと私に迫ってくるので、
どう語るべきか、どう伝えるべきか。。。


このミュージカル、聖霊のはたらきをわかりやすく表現しているので、今回も一つ歌を載せます。
主イエスの目的の為に何が出来るのだろう?そんな弟子達の思いがこの歌詞に込められています。

For Jesus Sake~イエスのために~

時は、新約聖書信徒時代
救い主イエス・キリストの復活・昇天の証人となった弟子達、聖霊を受けて力を受けた弟子達。
現実の生活の中、救い主を伝えることで受けるさまざまのひどい迫害、困難の日々。。。しかし
ただ、この唯一の神である主イエスを語り伝えたい!という思い、どうしたら弱い自分達にできるのだろうか?心に偽りは無く、主イエスの他に誇れるものはなく、ただ主を愛している!というのに。。。





主イエスの弟子、主イエスを信じてそこに生きるとは、
自分に死ぬこと。今までの自分に死に、生き返られたキリストと一緒に生き返ること、
新しい霊を注いでもらうこと。

主イエスの弟子、主イエスを信じてそこに生きるとは、
自分の命を輝かせることではなく、自分の名誉を得ることではなく、富を得ることではなく、
はじめから愛されていることを素直にただ喜ぶこと。

主イエスの弟子、主イエスを信じてそこに生きるとは、
自分の居場所を作ることではなく、目に見える地上の神殿や教会を築くことではなく、
「枕するところが私にはない。」と言われたキリストの、聖霊がいきいきとはたらく、
聖霊が心地よい神殿として自分がいること。

主イエスの弟子、主イエスを信じてそこに生きるとは、
自分の行きたい場所にいけないこと、逃げられないこともある、
祈り続けて、待たなければいけない時がある。
しかし、見えないけれどうっすらと見えている希望にむかうこと。

主イエスの弟子、主イエスを信じてそこに生きるとは、
一秒もブレず、狂わない、与えられた人生の時間と計画が光の中ではっきりとわかるようになること。
死に直面しても、恐れがなく、
永遠につづく天国での喜びが心に響いている。

すべてを失って、自分さえも失われたと手放したときに、
主イエスが下さるすべてのものを手にすることが出来る。


イエスのために何が出来るのか、
イエスのおもい~聖霊~と共にこの時、過ごされますように。。。


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# by dynabooksx | 2012-11-06 13:32
求めなさい!・捜しなさい!・門をたたきなさい!
新約聖書(回復訳)マタイ福音書7章7~12章

・求めよ、そうすれば、与えられる。
捜せ、そうすれば、見いだす。
門をたたけ、そうすれば、開かれる。
8・すべて求める者は受け、捜す者は見いだし、門をたたく者には開かれるからである。
9・あるいは、あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、石を与える者がいるだろうか?
10・また、魚を求めるのに、蛇を与えるだろうか?
11・あなたがたは悪い者であっても、自分の子供に良い贈り物を与えることを知っているとすれば、天におられるあなたがたの父は、どれほど彼を求める者たちに、良いものを与えてくださることであろう!
12・こういうわけで、人にしてもらいたいことはすべて、そのようにあなたがたも人に行いなさい。
なぜなら、これが律法と預言者だからである。

 
求めるとは普通に祈ること、
捜すとは特別に嘆願すること、
門をたたくとは最も親密に、最も熱心に要求すること。
良いものとは、「聖霊」のことです。

♪Ask, Seek, Knock♪


SPIRIT
復活したキリストが、昇天において、その霊により、弟子たちを通して、神の王国を生み出す様子や今も私達に、はたらかれる聖霊のはたらきについて、わかりやすく描かれた
創作ミュージカル(救世軍の指導者・牧師によって作詞作曲)です。
創作された年代は、ほぼ私と同じ年♪
英語でわかりにくいところもありますが、音楽と言葉がすてきです!
聖書のみ言葉と共にメッセージを受け取ってくださると嬉しいです♪
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# by dynabooksx | 2012-11-05 10:49
You've Got To Stay !
新約聖書(回復訳)信徒1章4~11節

4・イエスは彼らと共に集まっている時に、彼らに命じて言われた、
「エルサレムを離れないで、わたしから聞いていた父の約束を待っていなさい。
5・なぜなら、ヨハネは水でバプテスマしたが、あなたがたは間もなく、聖霊の中にバプテスマされるからである。」

「You've Got To Stay」
♪離れないで、留まりなさい、待ちなさい!
エルサレムを離れないで、御霊の(聖霊の)火が下るまで!
祈りなさい!祈り続けて、待ちなさい!
祈り続けなさい!♪

(英歌詞のだいたいの訳)


6・共に集まった人たちは、イエスに尋ねて言った、「主よ、あなたがイスラエルの王国を復興されるのは、この時ですか?」
7・イエスは彼らに言われた、「父がご自分の権威によって定められた時や時期について、あなたがたは知らなくてよい。
8・しかし、聖霊があなたがたの上に臨む時、あなたがたは力を受ける。そしてエルサレムにおいても、ユダヤ全土とサマリアにおいても、また地の果てまでも、わたしの証人(あかしびと)となるであろう。」

9・イエスはこれらの事を言い終えられると、彼らが見ている間に引き上げられ、雲が彼らの視界から彼を連れ去った。
10・イエスが行かれる時、彼らが一心に天を見つめていると、見よ、白い衣を着た二人の人が、彼らの傍らに立ち、
11・そして言った、「ガリラヤの人たちよ、なぜあなたがたは立って、天を見つめているのか?あなたがたから離れて天へと上げられたこのイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ方法で、来られるのである。」



SPIRIT
復活したキリストが、昇天において、その霊により、弟子たちを通して、神の王国を生み出す様子や今も私達に、はたらかれる聖霊のはたらきについて、わかりやすく描かれた
創作ミュージカル(救世軍の指導者・牧師によって作詞作曲)です。
創作された年代は、ほぼ私と同じ年♪
英語でわかりにくいところもありますが、音楽と言葉がすてきです!
聖書のみ言葉と共にメッセージを受け取ってくださると嬉しいです♪


 
 私(愛理)が震災前まで、いろんな問題に直面した時に、
祈りの中でいつもこのイエス様の言葉、歌を思い出し、解決を誰に求めるのではない、唯一の創造主である神様に聞き従うことの大切、そしてそこにいつもはっきりと聖霊がはたらき、答えを与えて下さった事、数秒狂わず、間違いなく、一番よいタイミングでこたえて下さった事が嬉しくて!
また、この避難している今も、聖霊のはたらきを日々実感し、心から賛美をささげているところです♪
ハレルヤ!

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# by dynabooksx | 2012-11-04 17:49
イエスきみにしたがいしか ~ARE YOU WASHED ?~
震災前の過去の記事ですが、少しプラスしてアップします♪ 

 私の日課となっている賛美の祭壇では、救世軍軍歌、讃美歌や聖歌など時間がゆるすまで歌い続けます。1時間ほどですが、20~30曲になるかな?この聖別された時間は、心を砕かれ、魂が安らぎ、神様に心の内を明け渡し、目に見えない聖いものたちと共に賛美する究極の時間です。
その中から私が特に好きな讃美歌(とても古~く伝統的な讃美歌を救世軍軍歌バージョンで)を載せました。

1イエスきみにしたがいしか 血にて洗われしか 身も魂(たま)もまかせたるか 血にて洗われしか

♪コーラス
血にて洗い 聖き心 得しか? 雪より白くなりしか 血にて洗われしか

2、イエスきみとともにあるか 血にて洗われしか 絶えず主に寄り頼むか 血にて洗われしか

3、神に会う備えせしか 血にて洗われしか 天(あめ)に行く備えあるか 血にて洗われしか




海外の救世軍の合唱版を載せてみました。
今日はじめて聞いたんだけど、私の賛美と2秒しか編集が変わらないのね、
だいたいこんなテンポでの賛美ですね♪


救い主イエスキリストの恵み、
父なる神様の愛、
聖霊のあたたかい優しいわかりやすい導きが皆さんの上にありますように。。。
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# by dynabooksx | 2012-11-04 14:10
十字架への道
十字架の道、十字架への道、それはイエス自身の人生、イエスの心、思いの向かう方向を指し示すもの。

キリスト教会は、それを自分たちの集団のアイデンティティーだとしてそれを掲げる。なぜそのようなことをするのだろうか。

なぜだと思いますか? クリスチャンの方ならば、どうしてなのか話してもらえますか? それは教会の建物がやっていること、教会を建てた誰かが置いただけで、自分には関係がないことでしょうか。

イエスがその身に負った犠牲、その罰と痛み。そのお陰で私たちは、癒され、自由を得、活き活きと生きる力を得ることとなった。クリスチャンならそう言うだろう。

きっとそのことに感謝し、大きな喜びを得たことがあっただろう。では今はどうだい?

人生に言いようもない空虚さを感じているのではないのかい。そんな筈はないと、何度も打ち消そうとしても、繰り返し繰り返し押し寄せる、孤独と暗闇、空しさの波。

クリスチャンになれば、もっと幸せな人生が来ると思った。充実した毎日を送ることができると思った。もう苦しみを味わうことがない、人を傷つけたり、自分が傷ついたりする必要がなくなると思った。

でも実際はそんなことはない。それどころかより旗色は悪くなるようにさえ見える。嘘だと思って、空想の世界、理想の世界に逃げ込んでみようとするが、それとは関係なしにひたひたと厳しい現実は迫り来る。

駆け込み寺のように日曜日の教会に逃げ込んでみる。そこは日常の苦悩を思い出さなくて住む空間。神の支配する聖(きよ)い空間で、存分にその空想の世界に浸れるかもしれない。

でも、それはその特異な空間、場所でしか通用しないもの、仲間内での暗黙の了解の中でだけ実現する楽しみ。だから彼らは集まってくるのかもしれない。

それでその時間が終わると、それまでの記憶は全て失くしたかのように別人になって世の中に出て行く。それは教会の中だけの秘められた楽しみであり、それを世の人に悟られてしまっては都合が悪いからだ。

そんな風当たりが苦しい人は、関わる人をその夢の中の人々だけで固めようとする。生活を出来るだけクリスチャンと呼ばれる人だけにする、関わりを限定するのだ。それでよりその世界に没頭していくようになるのだ。


でも実際のところどうだい? 苦しみは無くなったかい? 仲間ができて孤独は癒されたかい? 不安は解消したのかい?

人生はこれからまだまだ続く、たとえ肉体が滅んだとしても、それでも私達は消滅しないのだぞ。一時しのぎは通用しない。私達は本来、永遠に続く性質を持っているんだ。

きみがここまで歩いてきて、そしてこれから歩もうとしている道が、本当にキリストが望んでいる道なのかどうか、真剣に考えたことがあるかい?

それを求めて苦闘し、彼のたどった道を、あまりにも細くみすぼらしいその道を、怯えながらも一心に往きたいと、もがきながら歩んだことがあるのかい?

その道を見出す者は少ないと聖書はいうんだ。使われることがあまりにも少なくて、草はぼうぼう、まるで警戒区域、僕の故郷のようだろう。ポツリ、またポツリと、そこを行った人がいたらしいという噂を聞く程度だ。

なぜならその道の名は「十字架への道」。イエスがたどった、そのいのち、人生でもって切り拓いたその道自体なのだから、、、。彼に自分の代わりに犠牲を負わせることは望んでも、自分が重荷を負うことは望まない。自分が誰かのために犠牲となり、死んでいく人生など想像したくもない。だから、その道をあえて行こうとする者など、多いはずがないのだ。

救いはどこにある。問題の解決はどこにある。この混迷し行き詰まった時代において、誰もがそれを捜し求めている。誰もが必死に自分の身の安全、利益、保障を求めている中で、いったいだれがそれを指し示すのだろうか。

きみが自分をクリスチャンだと自称するのならば、神が貴方に期待していること、望んでいること、それが実現するためなら自分の命、人生を犠牲にしてもよいとまでした、その思いに敏感であってほしい。
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# by dynabooksx | 2012-11-01 05:35 | 真也の視点
キリスト教という宗教の現在と未来
フェイスブック上のグループ「日本の未来を考える座談会」に投稿した文をこちらにも載せておきます。


+++++++++++++

今朝のハングアウトでのやり取りは、この日本の未来を考える座談会において、前書きを終えて、第一幕が開かれようとする場面だったかと思います。
ここで明らかになったのは、先日名古屋で行われた東海コーチングセミナーでもベン・ウォンが繰り返し話していた。現代のキリスト教会が作り上げてきた偽りの神学、聖と俗を分離して考える世界観。教会の中は聖、その外は俗。教会は神が働くところ、世はそうでないところという価値観だと思います。

繰り返し彼の話を聞いてはいるものの、あまりにも牧師も教会員もその場を使い分ける器用な信者になってしまい。教会内ではそれらしい清い態度、そうでないところはその雰囲気を消し去るという二重性の中を生きています。
僕は不器用なのでとてもそういうことは出来ないのですが、それが世の中では大人だとか優れた人だとかという扱いを受けるようです。(聖書はそう言っているようには見えないのですが、、、)

何はともあれ、キリスト教が日曜日の宗教、キリスト教会の建物の中の宗教になってしまい、去勢されてしまったことで現在のような無残な姿になっているのだと思います。中国の公認教会と地下教会の対比を聞いてみても、敵も敵ながら見事だと言うほかありません。

未だ旧約の時代のように特定の場所や宗教設備の中に神が宿るという概念、世界観を生きている方々は、熱心であればあるほど、かつてのパウロのようにユダヤ教の律法の中で呻吟していることと思います。そんなくせに新約聖書では「喜び」とか言われるものだから、心と体というか顔があべこべになって、精神分裂、統合失調症のような状態に追い込まれるのではないでしょうか?

「福音」とは、本当にそのようなものなのか考えてみましょうよ。そんな自分が受け取って心から喜べるものでなかったら、そんなものを他人に勧めるのなら詐欺ですよね。世の中なんてみんなそんなもんだって開き直るかもしれないですけれども、、、。聖書が実際に何だと言っているのか、自分がこれまで受け取ってきたように思えることはいったん横に除けておいて、一度真っ直ぐに見てみましょうよ。その上でこれまで捉えて来たものと照らし合わせてみたらいい。

ここからギアを一段入れ替えて、パウロの戦いの現場、私の戦いの現場にお連れします。私はこれまで、あなたはクリスチャンではないとか、救世軍ではないとか言われたり、キリスト教の会堂から追い出されたりして来ましたが、パウロの現場がどのようなものであったかを聖書をもって知るでしょう。そしていったい何が「福音」なのか、神の秘められたる計画、真意はどこにあるのか、そしていったい誰が「クリスチャン」であるのかを知ることとなるでしょう。

ってうまくいくといいな。私たち一人ひとりが、父なる神の心に、キリストの思いに付き添うようになるようにと祈ります。


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現在の神学による聖と俗の分離

a0023043_2316265.jpg
本来の姿(聖書の世界観)

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# by dynabooksx | 2012-10-19 23:18 | 日本の未来を考える座談会
  

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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