昨日今日と携帯の契約変更でてんやわんやしている。というのは、この際PHS(Yモバイル)とソフトバンク、そして子供用に用意しようと思うもう一回線をすべてMVNOで賄おうと思ったからだ。

まず、NMPの予約番号をとって目指す楽天モバイルに申し込みをして進めていたところ、本人確認の免許の住所が届け先と違うとてエラーになった。ゴールドの妻の免許はまだ書き換えしておらず福島県のまま。回線会社を乗り換えるには、乗換元の情報と乗換先(SIMの届け先住所)と確認書類の3つが一致する必要があるらしい。
仕方がないので福島のままで登録を済まそうとすると、あれ?? もしうまく転送されてこなかったらどうするんだ?と思って聞いてみると、転送されるかどうかは分からないし送付先だけを変えることはできないの一点張り。ちゃんと事情を上司に伝えたのかと言ってもそれでもダメ。とすると残る方法は携帯の登録住所を変えた上で、免許の住所も変更してくること。これはめんどくさい。もちろん健康保険も向こうなので使えない。もうそんな融通の利かないところはやめることにした。

となるとオンラインではなくて窓口で本人確認できるものがないかと調べているうちにb-mobileがイオンでできるっぽいことが分かってきた。ほんとはIIJmioで7Gを三人で分け合うというのが一番リーゾナブルになるのだけれども、それも認証がオンラインになる。なんかいも申し込みとキャンセル、電話を繰り返しているうちに、かなり勉強にはなったが頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。いったん頭を休めて明日店頭に行ってとことん納得するまでやりあってくるつもり。

安いスマホも探してこないとならんのだけれども。
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by dynabooksx | 2014-12-18 19:08 | 真也の雑記帳

歯が痛い

普段忘れてしまっていて、直面してはじめて思い出すにだけれども、年末のこの時期になると高い確率で以前に治療した被せ歯が痛み出す。
確か去年、いや一昨年同じ症状になって、痛み止めと抗生剤を飲みながら呻いていた記憶がある。今回は早めの治療をと思い、痛みの出始めで歯医者に出かけたのだけれども、もらった痛み止めを飲んでも痛みはズンズン増すばかり。昨日の夜などは、いてもたっても居られなくなって、夜中口を半開きにしながら歩き続けた。これは別な肉体的苦痛でもって脳内麻薬を発生させて、痛みをそらすためだ。
最初歩く振動も辛かったのだけれども、いっそのこと走ってやれとダッシュを繰り返すうちにいつも自転車でやっているように、負荷が上がるにつれて細かいことは気にならなくなっていった。夜中の2時頃の出来事である。
そのうち服が汗だくになってきて、歩き続けてもひんやり寒くなってきたので、どこか暖まれるところはないものかと街の方向に歩みを変え、目に付いたのは24時間のゲームセンター。
普段こんなところに足を運ぶことはないのだけれども、なんともあったかだ。しかも様々な音や光で一時の痛みを忘れさせれくれる。それにしても、平日の夜中に若者もオッさん(あっ自分もか)もたくさんいるもんだとひとしきり汗が乾くまであちこち眺めて過ごした頃には、布団でのたうちまわっていた頃に比べてましになったようにも思う。これなら朝が来るのもイメージできそうだと家に向かってまた歩いた。

こんな強烈で長続きする痛みに襲われた時に決まって浮かんでくるある光景がある。それは福島の自宅にあった池で飼っていたコイの様子。
一時期、ブラックバスをはじめとする魚釣り全般にのめり込んだ時期があったのだけれども、前田川という双葉町を代表する河川でのコイ釣りは遊びと実用を兼ねていた。町の人にパンで育て太らせられた60センチを越える奴の引きの強さは他のものでは味わえず、同じく食パンをトップウォーターでバクッっと食わせる瞬間の緊張と興奮は最高なのだ。
震災前年に百歳を越えて亡くなった祖父は特に鯉料理が好きで、釣ってきてくれと頼まれて出掛けていったのも一度や二度ではない。このブログの記事にも両手で抱えている図が何枚か残してあるはずだ。

話はそこから先なのだけれども、すぐに食べるのが目的で確保するもの以外は、何度かの大水で錦鯉を見かけなくなった自宅の池に入れておいたものだった。お陰で子供達が喜んで釣りにきていた大量にいたアメリカザリガニを食い尽くしてしまったようだったけれども…
そんなふうに泳がせておいた一匹がある時からおかしな動きをするようになった。長辺でも10メートルもない池の周りを(って内側だよ)ぐるぐる周回し始めたのだ。
特に餌付けしていたわけでもないので、人の気配には敏感で姿を隠すはずのものが、近くに行っても一向に動きを変えない。手を伸ばせばぐるりと回ってくる身体に触れることができるほどだ。
よく眺めてみると、背中の辺りに腫瘍のようなものが出来ており、その辺りのウロコが剥がれているので病気なのだということが判った。人が来ても応答することができず、水面を泳ぎ続けなければならないほど苦しいのだろう。直観でそう思った。無駄に泳ぎ続ければ体力を消耗してしまうし、人間や動物に捕われる状況に身を晒すのはなおさら危険なのだけれども、そんなことに構ってはいられない。

こちらにもその苦しさは充分伝わってきたのだけれども、何度も池の様子を見に行く度、徐々に泳ぎに力がなくなっていって、一週間とは持たずに旅立って行った。

もちろん食べない。

そんな我が家の池にいたコイの様子に併せて、歯の痛みに耐え兼ねて寒空の夜道を寝巻き同然で歩き続ける自分を思うのだ。

その後なんとか夜を明かすことはできたのだけれども、鏡に映す顔もあのコイのように腫れで変形していたという物語でした。

こうやっておちついてスマホを操ることができるようになったので、痛みの峠は越えつつあるようです。
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by dynabooksx | 2014-12-16 11:38 | 真也の雑記帳

歳をとったなぁ〜と…

年の瀬も近付いて来ました。震災後の数年体験した事柄について、ここでもまとめて書いてみる必要があると思いつつも、どこから始めるかが見つからずそのままになって新しい年が来てしまいそうです。

最近、以前の一時帰宅の時持ち帰って来た、DVテープにて撮り溜めた子供達の記録をDVDに焼き付けてもらうサービスをお願いして、返送されてきたものをみんなで見ている。デッキがうまく動作しなくなってからというもの、長らく見ることもできずに放置してあったものだ。

もちろんそこに映っている場面の殆んどは、現在無人の廃墟になってしまった福島県双葉町の実家での様子なのだけれども、子供達が小さいのは当然として親もまた若い。顔というか表情も大きく違っているように見えるのは自分だけの評価だけではなく、長男曰く「真也くんの若い時の顔は、まだ人生の荒波を知らない青二才のような顔だ」だって…

野郎いつの間にか背を追い抜きやがって言うことも一丁前になってきた。国語が苦手なのに頑張って表現してきたので良しとする。顔がその時によって変わっていくように見える俺と違って、産まれた時から完成されているのか長男の顔は全く変わっておらず、どの場面も笑顔以外読み取れない。最初から単にそういう顔なのか、いつも幸せまっしぐらなのか、それでも何かしらの苦労を感じて来なくてはそんな表現は出てくるまいて。

今度の3月で震災後まる4年になる。年上の妻は一足先に大台に乗った。俺も歳をとったなぁ〜と鏡を見ると髭の中に白いものが見える。産毛かと思って抜いてみると本当に数本白い。更にそこだけではなく何箇所か見受けられる。髪の毛には無いようだが、そのうち混じるかもしれない。

そう言えば、俺は小学生の頃後頭部に白髪が多数あった。さぞ苦労をしたのだろうとふざけて言われたりしたのだが、中学、高校と進むに連れて消えていった。不思議なことは、全く同じように長男にそれが現れていることだ。彼の場合中3になった今でも消える気配を見せない。
これも遺伝上の何かなのだろうか。

笑えるのは、多くの人がソックリという娘と自分の似ている様子。最近でこそそう言われることが増えていたのだけれども、昔のビデオを見るに自分の幼い時にソックリだということが判る。時間を置いて少し客観的に眺めてみると自分でもわかってくる。最近は身体に触れるのをなんとなく拒否するようになってきたのが哀しい。代わりに下の子をベロベロするしかあるまいて。

こんな夜中というか朝早くに書いているのは、被せ歯が浮き上がって痛くなっているからだ。毎年年末のこの時期あたりに繰り返しているような気もするのだけれども、自分の身体もあちこちガタが来て無理が利かなくなって来ている。11月からあちらこちら北から南まで移動し続けたので、その疲れが来ているのかもしれない。健康づくりの基本である自転車が安定して乗れなくなると体力が落ちるのかリズムがおかしくなるのか、すぐ調子が悪くなる。続けて乗っている時はまずそういうことはない。というよりは、調子が悪くないから乗り続けられると言うべきなのだろうか。

とりとめもないことを書いているが、それにしてもいい年になって来た。もう折り返しを過ぎたような気もするけれども、まだまだ一波乱二波乱あるだろう。世の中の崩壊していく速度がますます早くなっていくからだ。最後まで残って行くものと淘汰されて行くものがよりハッキリしていくだろう。終わりへと向けて、これまでに見られなかったような内包していた本質がそのままに現れるようになり人々を驚かせる。でもそれは最初からの人間の持っている本質なんだ。知りたくない、気付きたくないと目を背け、蓋をしている人にとっては驚くべきことのように映り、また驚いたフリをするのだ。これからは、ますます薄汚れた人間の性質を見せ付けられる出来事が増えるだろう。そしてそれを見たくないと知らないふりをして目の前で起きている悲劇を素通りしようとする人の姿も…。

そしてある時、もう無視し続けることのできないような出来事に直面することになるんだ。それでも現実を認めないのならば、後にそれ以上の結果を背負わされるだけのこと。必ずつじつまを合わさせられる時が来る。

いつも人生の終わりを目指して歩いているつもりだけれども、まだ先が長い。
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by dynabooksx | 2014-12-15 04:32 | 真也の雑記帳

薪ストーブ完成‼︎

全3回。足掛け2ヶ月に渡って制作していた薪ストーブの設置工事が無事終わりました。気温はもはや毎日氷点下まで下がっているようなので、これが無くては正月を向こうで越せないところでした。

玄関から放熱が大きいと見たので、そこを遮断するカーテンもオーダー中ですので、次回行った時には更にポカポカで過ごせる事でしょう。

あとは薪の確保が問題ですが、今回の一時帰宅で持ち帰ってきたチェーンソーでバリバリやりますかね。

次は独立型太陽光発電と太陽熱温水器だな。あと井戸掘りってのもあった。まぁボチボチやりましょうかね。

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by dynabooksx | 2014-12-12 08:50 | 真也の雑記帳

久しぶりの一時帰宅

何年ぶりでしょうか。原発事故により避難区域になっている自宅へ一時帰宅をしてきました。
今回は両親の予定に便乗したついでに、トラックを使って大物を運び出そうと卓球台や豆トラを長野まで搬送。途中で借りたトラックの前輪が高速上でバーストするもなんとか雪模様の合間を縫って二往復することができました。(トラックを返すと同時に、郡山に置いて来た自分の車を取りに行って来たため)

全行程約2000km。途中のアクシデントで予定が大きく狂ったため、急遽大垣からプロドライバーにヘルプに来てもらった。

草花が伸び、徐々に廃墟化していく故郷。次に来る時は高校生になった長男を連れてくるようになるのだろうか。

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by dynabooksx | 2014-12-10 18:42 | 地震、原発関連

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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