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おかげさまで無事に終了しました!
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会場は信じられないくらい細かいところまで豪華で丈夫な建物
住宅金融支援機構本店
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朝日こども新聞に今回の受賞者の名前が出ているので、みんなこども新聞広げて、自分の名前を確認しています。
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大きな声でわかりやすく、立派に大役をこなしました。
コンクールの関係者のみなさんに、「本当に一番良い作品で出してくれてありがとう!」と声を掛けていただきました。
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国土交通省の担当の方より表彰状をいただきました。
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最後はコンクールの関係者、審査員の方々、受賞者、省庁の方々と記念写真。
すごく素敵な一枚です。
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皆さんの心からのお祈りと応援のおかげで、無事に滞りなく終了しました。
本当にありがとうございました。
良い賞に我が子を選んで下さった関係者の方々、心より御礼を申し上げます。


すべての栄光と力を天の神様に感謝してお返ししつつ。。。
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by dynabooksx | 2011-10-30 03:50 | 愛理の子育て日記
聖書に惹き込まれてしまったある人の話
最近知り合った同年代の牧師さん。父親も牧師なのだと言うのだが、私のこれまでの経験から言って、そのイメージからは外れる。どうしてだろうかと思って、そのお父さんの話を聞いてみるとその経緯に驚いた。それを書かせてほしい。


親戚の若い子が、さいきん宗教にはまってしまって困ったと、彼の父に連絡が来たそうだ。「~さん、何とかして抜け出れるように説得してやってくれ」と、、、。よし、分かったと彼は勇んで出かけた。その先はキリスト教会だったという。とりあえず、相手を知らなくては何もできんと、聖書を手に入れた。

船乗りだった彼は、時間ならいくらでもある。最初から読み始めて、ああ、それはあり得ない。これも嘘だ。と次々と線を引いて塗りつぶしていった。しかし、その徹底振りが凄い。7回繰り返し最初から最後まで読んだというのだ。私に言わせると、もうその段階で完全に捕まえられてしまっているのだけれども、もうその辺りでは、親戚の子のことなど半分頭から飛んでいっていたことだろう。

そして、もしや??と思った。『もしも、ここに書いてある「神」という存在が実在するものであるなら、線を引いて消しまくったところは、全て本当だと言うことになってしまう。』と、、、。これでノックアウト、ミイラ取りがミイラになってしまった。それで牧師になってしまったのだという。しかも彼はいわゆる神学校に行ったわけではない。聖書の神に直接出会ったのだ。あまり出会うことのない、私と同タイプのクリスチャンである。

彼は息子にこう語るのだと言う。
 「神の子は、将来何になるのか分かるか? 神になるのだ。神の霊を受けた人間は、神になるのだ。」と、、、、。これを聞いた瞬間、私はこの人が本物なのだと思った。息子は「親父ぃ~、それは異端だよ~」と答えたようだが、、、。

人が聞きたいことではなく、神が語ることを真っ直ぐに語る。人が喜ぶことではなく、神が喜ばれることをする。それは、神を知り、それを愛し従う者の特徴だ。そして、イエスの十字架の道に続く者の特徴だ。自分もそうありたいと願う。
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by dynabooksx | 2011-10-29 06:03 | 驚き、発見
たくさん応援ありがとう(*^o^*)
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明日いよいよ長男君の表彰式&作文発表が東京で行われます。
こちらの小学校のクラスメイトの応援の寄せ書きを
担任の先生が「勇気の書」という巻き物にして、
渡して下さいました。
以前私達の事が新聞に載って以来、このブログを見にきてくれているお友達も結構いるようなので
この場で言いたいとおもいます。

あったかくて誠実でいつもニコニコ明るいT先生、クラスのみなさんへ
光希が突然六年生になって入って来たその時から、
親切に丁寧にいつも仲良く接してくださってありがとうございます。
皆さんのおかげで光希は、大震災を経験して、少し悲しさを持っているものの
楽しく明るいクラスで伸び伸びと、毎日小学校生活を送ることが出来ています。
明日は、先生方と皆さんの応援をいっぱい受けて、大きな力に換えて一生懸命頑張ってきます。
いつも仲良くしてくださってありがとう、そしてたくさんの優しい心をありがとう!
    光希の父、母より
*そうそう、もちろん忘れずに東京のお土産持ってきますね~♪
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by dynabooksx | 2011-10-28 20:03 | 愛理の子育て日記
イエスの遺言
子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたは私を捜すだろう。「わたしが行く所にあなたたちは来ることができない」とユダヤ人たちに言ったように、今、あなたがたにも同じことを言っておく。

あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。

                             ヨハネによる福音書13章


いましばらくあなたがたと共にいると言ったのち、まもなく姿を見なくなるという別れの直前の場面。いわばこれはイエスの遺言である。複数の聖句を絡めると立体化するが、そうすると幅が広がるので、今回はそういう論理構成は用いない。ずばりその与えられた遺言自身に目を向ける。

あなたがたに新しい掟を与える。以前は戒めという訳もあった。つまり決まり、律法、命令のことである。イエスはユダヤ人達に対して、聖書(旧約聖書)の主は自分なのだと答えられた。旧約聖書の中心である律法の主は自分であり、その私があなたがたに新しい掟を与えると言う。つまり、律法の本質はこれなのだと示したのだ。

互いに愛し合うこと。親しい人との間でならこれも可能かもしれない。しかしこの愛し方には条件がある。「私があなたがたを愛したように」だ、、、。イエスが、弟子達を愛したやり方で愛せとな、、。イエスの生き方の全ては十字架に向かっているので、十字架における自己放棄の仕方で互いに愛しあえと言う。こんなことは、イエスの内側で彼を動かしていたものと同じものが、私達の内になければ実現不可能だ。それをどうやって実現させるかは14章以降に書いてある。それは、また別枠でやる。


後半。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。

互いに愛し合うという特徴が、イエスの弟子たちの性質であり、それが大きなインパクトになる。私は、これこそが伝道であると思う。14章以降に繰り返し出てくる。わたしを愛する者は、私の掟を守ると、、、。つまりこれが実現していることが、私たちがイエスを愛していることを示し、またイエス自身を表すことになる。とこういうわけだ。
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by dynabooksx | 2011-10-28 09:02 | 暗唱聖句より
生ける水の流れ
先に予告していたとおり、暗唱聖句のカテゴリーをつくった。神から与えられている私の召しは「言葉」に関してのもので、それを正確に伝達することだ。だからある人から見ると、私は言葉に対して以上に高い関心を持っているように映るようだ。

長い信仰生活を送ってきた人であっても、私が聖書について語ると、初めて聞いたかのように目を丸くする人がいる。それはきっと、私が聖書が汲み出してくる真理に対して、混ぜ物をしていないからだろうと思う。極めてシンプルだからだ。現実に合うように変形させたほうが、人に広く受け入れ易いように思われるかもしれないが、私が仕える方がそれを許さない。お前の私情をはさまず、そのまま伝えよと言ってくるので仕方がない。おそらくいいように加工すれば、その意図を曲げた私に責任が来るだろう。


聖書の言葉を一言一句暗記しようとすると、普通に流して読んでいては気がつかない側面が見えてくる。記憶という者は連鎖的になっていて、常に意味のつながりを探ろうとするからだ。聖書の中で「真理」と表現されることは「霊的な真理」なので、私達が通常この世界で生きてきて表面的に見える理とは内容が一変している。だから、その延長で記憶、理解しようと思ってもいったい何のことを言っているのか全く見当がつかず、途方に暮れる。心配することはない。イエスに付き従って、ずっと側にいた弟子達であってもそうだった。私たちがそのようであるのはもっともなことだ。

前置きが長くなったが、今朝暗唱しようとしている聖句。


イエスは立ち上がって大声で言われた。渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。私を信じる人は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生ける水が川となって流れ出るようになる。
                         ヨハネによる福音書7:37


日本語として意味を考えれば、全く荒唐無稽な文章だろう。まず渇きを感じる人がいて、こっちに来て飲めという。喉の渇きを癒すという場面なのに、次に続く言葉は「私を信じる人」だ。さらにさらに、その人の内から川が流れるとな?? 訳が分からない。もう止めておこうとなるのが普通だ。

実は私も、この聖書の言葉が本当の事を言っているのかどうか長い間疑問であった。なぜなら、自分はたいへん渇きを覚える人間であることはよく分かっており、イエスのところに行って飲むこともしていた(教会に通っていた)はずであった。しかし、また渇くのである。とても、川が流れ出るほどに満たされるなどということはない。すぐまたパカパカに渇く。この聖書の記述は本当のことなのか? と長い間疑問だった。後に聖霊が、私のあり方を一変させることによって、その疑問は解決するのだけれども、かなり長い間、ずっと腹に留めて追求し続けた。あきらめの悪い性格なのである。

あっさりとだけ私に示されたことを書きたい。まず人が感じる「渇き」とは何なのか。そしてイエスの下に来て飲めというものは何なのか。それは続く言葉で分かる。「信じる人」だ。つまり、イエスが飲ませようとしているものは彼に対する「信仰」なのだ。そして、私たちの渇きの本質もまさにそこにある。いったい何が信用に足るものなのか、何が確かなものなのか。激しく移り変わり、それまでこれは大丈夫だと思っていたものに足元をさらわれるような世の中にあって、人々は深く傷つき、渇く。イエスは、自分に対する信頼によって、創造主と被造物である我々を連結させ、一つにしたいと願っている。だから、そこに繋がれた人は、その豊かな与え手によって、あらゆるものを流れ出させる存在へと変えられるのだ。それらは、その人の内から出てくるものであるが、その人のものではない。だから、尽きることのない川の流れのようになる。全ては信じることによって、繋がれ、発揮されるように出来ている。これ以上やるとしつこくなるので、止めておこう。
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by dynabooksx | 2011-10-26 06:27 | 暗唱聖句より
死の地域に生きる。


もう随分出回っている動画ですが、西ドイツ放送で製作されたものだそうです。しばらく、原発関係の記事をここで書く気持ちにならなかったのですが、目を伏せていることばかりも出来ないので久しぶりに書きます。私たちの町、双葉町から北へ20km行った、立ち入り禁止区域ぎりぎりにある南相馬、かつての原ノ町。今も私の身内も生活しているところです。

放射線量で言えば、福島市や郡山市よりも低いところも多いですが、酷く汚染されていることには変わりはない。また、水源であるところはよく知られている飯舘村でこれから、落ち葉が落ちれば山から吹き降ろす渇いた風によって放射性物質が吹き寄せられてくるだろう。危険なのはここだけの話ではない。福島県はもちろん、東北、関東、東京も程度の差こそあれ、同じ危険に囲まれている。

福島に残る人も、そこを出た人も、心に深く押し込めた感情がある。私たちが直面している問題はあまりに過酷過ぎるのだ。人の体はいずれ朽ちるということを知ってはいても、死をタブー視してきた文化にどんな対処法があるというのか。水に流す、臭いものに蓋をするにしては、あまりに相手が悪い。

311が日本を変えたのだろうか。いや、そうではないだろうと思う。いつ何時でも潜在的なリスクが発破し、目の前に現れるだけの必要な条件は、ずっと前から時が満ちるまで着々と準備されて来ていた。私たちは、自分達で蒔いたものを刈り取っているのだろう。それを認めたくないが故に、どこまでも間違った道を選び続ける。

これで、経済大国、技術大国だと胸を張ってきた日本の誇りも潰えただろう。そんなものは幻想で、それらは何も私達を救い上げてはくれなかった。むしろ、強力な刃となって私達の命を脅かそうとしている。なにかに夢中になって、気を紛らわしているということでは、これから後の世はのり切ることは出来ないだろう。

破滅へとなだれ込んで行く私たちの国を、取り戻すことは出来るのだろうか。私たちの希望はどこにあるというのだろうか。


コリント人への手紙第一
15:20しかし事実、キリスト眠っている者初穂として、死人の中からよみがえったのである。 15:21それは、死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない。 15:22アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。 15:23ただ、各自はそれぞれの順序に従わねばならない。最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち、 15:24それから終末となって、その時に、キリストはすべての君たち、すべての権威と権力とを打ち滅ぼして、国を父なる神に渡されるのである。 15:25なぜなら、キリストあらゆる敵その足もとに置く時までは、支配を続けることになっているからである。 15:26最後の敵として滅ぼされるのが、である。 15:27「神は万物を彼の足もとに従わせた」からである。ところが、万物を従わせたと言われる時、万物を従わせたかたがそれに含まれていないことは、明らかである。 15:28そして、万物が従う時には、御子自身もまた、万物を従わせたそのかた従うであろう。それは、がすべての者にあって、すべてとなられるためである。

15:50兄弟たちよ。わたしはこの事を言っておく。肉と血とは神の国継ぐことができないし、朽ちるもの朽ちないもの継ぐことがない。 15:51ここで、あなたがたに奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続けるではない。終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。 15:52というのは、ラッパが響いて、死人朽ちない者よみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。 15:53なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである。 15:54この朽ちるもの朽ちないものを着、この死ぬもの死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉成就するのである。
15:55「勝利にのまれてしまった。
よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。
よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。
15:56のとげはである。罪の力律法である。 15:57しかし感謝すべきことには、わたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。 15:58だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。




半年前の出来事がはるか昔のことのようだ。ばらばらになった私達日本国民を再び結び合わせるものはあるのか。
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by dynabooksx | 2011-10-25 19:15 | 地震、原発関連
元気になるよ♪
人参、きゅうり、トマト、ブロッコリー、コーン、ハム、チーズ、かつお節、ひめにょんオリジナルドレッシング
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ひめにょん、国語で勉強した「サラダでげんき」に影響されて、ひめにょんオリジナル「ニコニコサラダ」を作ってくれました(*^o^*)
良いこ♪
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by dynabooksx | 2011-10-25 18:03 | 愛理の子育て日記
偉大なアーティストは盗む
偉大なアーティストは盗む

「良いアーティストはマネするだけだが、偉大なアーティストは盗む」

“Good artists copy, great artists steal.”


こんな記事を見かけた。ピカソが言った言葉のようだが、「盗む」という表現は道徳的にどうかと言われそうだが、その本質をよく表している表現だと思う。何か魅力的なものを見つけたとしても、単に真似たのと、盗んだと言われるレベルまで所有することでは、まったく内容が違ってくる。盗むという所まで行くには、その持っている本質を自分の生き方に刷り込まれるところまで到達する必要がある。外から眺めてあこがれている状態ではなくなるのだ。

そのようなものに人は感動を覚え、その魅力に惹き込まれて行くものだ。体得していないものを、いくら勧められても、誰か他の人の話をしているようにしか感じられないからだ。


昼間ツイッターでも呟いたのだが、この記事を見てイエスの弟子達のことを思った。十字架に至る前までの弟子は、師をまねたに過ぎなかった。師の想いを盗んだと言われるまでに所有するのはペンテコステに至ってからである。この両者には、天と地ほどの開きがある。

通常クリスチャンと呼ぶこととすると、どこで線引きするのが妥当だろうか。十字架以前の弟子達、復活に立ち会った弟子達、聖霊を受け取った弟子達。どれも呼び出されていることには違いはないが、その錬度に関しては大きな違いがある。

キリストは十字架につく直前、自分を食べなさいと弟子達に話した。これは言い換えると、「これから死んで行く自分を盗め」ということだ。こうやって、自分自身を与えようとされたのだ。

私にも言わせて欲しい。

偉大なアーティストは盗ませる
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by dynabooksx | 2011-10-24 22:04 | 真也の視点
生きているということ
一昨日から急激に熱くなった。今朝方で落ち着いたようだが、今度は涼しくなったためか、目が覚めたとき両足が布団から飛び出て痺れていた。ちょうど、その時に目覚ましが鳴ったので、隣の部屋にあるそれを、ヒョイと飛び起きてそれを止めに行こうとしたところ、自分の足なのに言うことを聞かない。薄暗い中軽く転倒してカラーボックスに膝をぶつけて擦りむいた。

寝ぼけていたのと、痛みとで這って目覚ましを止めた後、しばらくそのまま床で横になっていた。意識が次第にはっきりしてくる中、ああ、こういう感じひさしぶりだなぁと不思議な気持ちになった。自転車で落車した時のことを思い出したからだ。

自転車というのも危険の多いスポーツで、高速で落下するとかなりのダメージを負うことになる。年間2万キロも乗っていた時は、年に1度や2度は転んだものだ。他人と絡まなくても、段差に乗り上げたり、凍った路面に取られたり様々である。そういう時は不意に襲ってくるものだが、転倒した直後のめまぐるしく変わる景色と強い衝撃、一瞬遅れてくる激しい痛み、体全体を強打した時にある呼吸困難と吐き気で意識が遠くなる感じ。いつも大抵同じだ。限界を超えると意識が飛ぶ。

楽しく、そして息を切らせて走っていた世界が一瞬にして切り替わる。地面にキスをして堅いそれがベッドになる。冬場であれば、その冷たさが染みるし、夏場であれば、日陰に逃げたくなる。アリが体に這い上がってきたりするがしばらくそんなことを考えている余裕はない。

「これが、生きているってことなんだ。」とアクシデントを通して感じる。それまで自分が当たり前にしていた事が一瞬で絶たれて、痛みを受け、突き落とされることでそれまで見えなかった不思議なものが見えてくる。生きているって凄いことだ。痛みを感じるって凄いことだ。しばらく気が遠くなって道端で転がって血を流しても、時間が経てば仲間のことを思い出し、家族のことを思い出し、何気ない日常がなんと価値のあるものかと気づかされる。それが何よりの宝だと知るのだ。

人生のアクシデントは、そんな宝を運んでくることがある。そういうものは、自分で用意しようとして出来るものではない。人生に転倒はつきものだ。走っていれば転ぶのが普通だ。でこぼこのある道を行くのだから。転ぶ後に、痛みと共に転んだ理由を考えながら、もう同じ間違いはしないと心に誓うのだ。そんな苦い経験をたくさん持つ、味わいのある人間になりたいものだ。そういう経験がなければ、他人の痛みを知り、それに寄り添い、現実の力になることは難しいからだ。


命を与えてくれてありがとう。痛みを与えてくれてありがとう。そして再び立ち上がる力もありがとう。心からそう思う。
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by dynabooksx | 2011-10-24 06:45 | 真也の視点
神を食べる。
なんだか、なにか後ろからつつかれているような気がして、寝付けない。なにか私にしろというのか。何か物事がまたぐっと動き始めたように感ずる。いずれにしても、私は忠実に仕えるのみだ。


今日、強く目に止まって暗記していた箇所。口でもごもご言っていると、子供達が気持ちわりぃ~だって。そりゃそうだよな。この文章は、、、。


イエスは言われた。はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内にはない。私の肉を食べ、その血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。私の肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。私の肉を食べ、私の血を飲む者は、いつもわたしの内にあり、わたしもいつもその人の内にいる
     ヨハネによる福音書6章53節~


これは、最後の晩餐のところで、これを記念にするようにとイエスが言い残した正餐とも符号するのだけれども、内容は、神の子であるキリストを食べること。キリストを自分の食べ物とする、飲み物とすることで、神の命が私たちのものになることを示している。つまり聖霊を受けることだ。それがなければ、命はない。イエスは共にいない。つまり何もないのだ。

この正餐の儀式によって、初期のキリスト教徒は人肉を食べる連中だとして迫害された。意図的に仕立て上げた面はもちろんあるだろうが、この奥義を体験した人でなければ、この不可解の記述に眉をひそめて当然だろう。イエスは霊的な真理をそのまま語る。それを聞いた弟子達も、いったい何のことを言っているのか見当もつかないが、後にその真理を持つ聖霊自体が彼らの上にくだり、その意味をその人の内側から明らかにした。こうして彼らはキリストを食べ、神と一つになったのである。これがキリスト教の「救い」である。
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by dynabooksx | 2011-10-22 00:02 | 真也の視点
  

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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