ダイヤの原石を探して

最近人に会う機会が特に多くなった。だいたいは、普通数年かけて知り合うところを数日で達成するような密度でだ。時間がないという思いがそうさせるのか、私の集中力を高めてくる。

先日もダイヤの原石のような人に会った。これまたなんとこの世知辛い世の中で、よくもここまで生き残ってきたなぁという方だ。同時にその人に対する神の強い愛を感じた。

灯台下暗しとはこのことだ。見えているようでなんと見えていないものかと自分を恥じた。感度は全方向に対して開いておかないと、決定的なチャンスを逃してしまうということが多々ある。若造とはいえ、ここまで来るのに34年も経ってしまった。神の忍耐という他ない。

気が付かないだけで、一番必要としている宝はすぐ手の届く目の前にあるということがよくある。要は自分の目が濁っていないことだ。
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by dynabooksx | 2011-09-29 06:15 | 信仰者の歩み

神の賜る良い地

今朝の聖書のみ言葉
 旧約聖書 申命記8章1~10節
 今日、わたしが命じる戒めをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたたちは命を得、その数は増え、主が先祖に誓われた土地に入って、それを取ることができる。
 あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。
 主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖の味わったことのないマナを食べさせられた。
人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。この四十年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった。
 あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。
 あなたの神、主の戒めを守り、主の道を歩み、彼を畏れなさい。
 あなたの神、主はあなたを良い土地に導き入れようとしておられる。それは、平野にも山にも川が流れ、泉が湧き、地下水が溢れる土地、小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろが実る土地、オリーブの木と蜜のある土地である。
不自由なくパンを食べることができ、何一つ欠けることのない土地であり、石は鉄を含み、山からは銅が採れる土地である。あなたは食べて満足し、良い土地を与えてくださったことを思って、
あなたの神、主をたたえなさい。 


この世界全てを創造された神様が、私にいつも一番良いものを与えてくださっていることを心から喜び
希望が与えられていることに感謝ささげつつ。。。
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by dynabooksx | 2011-09-28 09:07

おいしい〜♪

レンコンの野菜たっぷりつくねのレシピを教えてもらいました〜。
シャキシャキなレンコンと野菜たっぷりショウガのきいたおいしいつくねになりました。
子供用に一口サイズにしてみたのですが、こんな感じでよいのでしょうか?クイーン様?
ちょっとアレンジして、とろりと甘酢あんかけてみました。
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たことわかめの酢の物
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甘エビそのまま。。
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作れる料理が一つ増えるとなんだか嬉しいね。
また教えて下さい~♪
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by dynabooksx | 2011-09-27 21:45 | 愛理の子育て日記

秋風と子ども

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by dynabooksx | 2011-09-24 12:44

滋賀、近江の旅

どちらも南相馬市から滋賀県に避難しているうちの会社のEさん家族と、
キリスト教ジャーナル誌を毎月発行しているSさん家族に会いに行く旅でした。

琵琶湖大橋。空が広くて、雲が風にたなびいて美しい~
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思わず釣り糸をたらして。。ひめにょんは、網で何かをすくおうとしています。
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空を見上げる時間が増えそう。。。
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ここら辺で評判の鰻やさんで。
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「愛知県三河産鰻を注文がきてからさばいて、焼いてます。」
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お店の中も庭もすごく雰囲気があって、店員さんも優しくてよかった。
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みやこ言葉なのかな?関西弁とも違って優しい響きがあるのですね。
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ちょうど大河ドラマ「江」の舞台がこのあたりなので、観光客でどこもかしこも溢れていました。

原発避難している人々とネットではもちろん、会ってつながりというのかな、絆をたしかめる時間が大切だなと実感しました。
新天地でどうやって生きているのか、未来に向かってどうするのか、どうなっていくのか。。。
見えない未来でもその日一日一日を大切に、生きることが大事だなと。
人間に必要な唯一つの事を実感しながら、無事に私達の避難先に帰ってきました。

旅の無事と、新天地での知り合いの生活の無事を祈りつつ。。。
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by dynabooksx | 2011-09-24 11:44

十字架の道

人にはほとんど知られていない古来からの道がある。雑草が茂っているようなひとけのない道。入り口は余りにもみすぼらしくて、見出すものが少ないという人の気を引くような魅力があるとはとても言うことのできない道。

ずっと昔、誰も見たことの無かったその道をたった一人で歩いた人物がいた。ゴルゴダという所へ続くその道を、その人は最初から知っていながら自分を地上に送った方の意図通りに進んだ。

彼が地上に来たことで多くの人々が慰めを得た。彼の人の技とは思えない様々な奇跡や言動を見た人々は、それぞれの思いで周りを取り囲んだ。彼に自分たちの期待や願いを重ねたのだ。

もちろん、彼の存在をよく思わない者たちもいた。自分達は神に仕えていると考えていた人々である。自分達は神を知っていると言いながら、心は遠く離れていることをどこかで気付いていればこそ、創り主と一体となって人生を歩むその人に嫉妬した。彼らは言った。「あいつは人間が神になるなどと言って神を汚している‼」と、、、。

こうして対立関係が深まり、危険が増して行くのだが、どちらにしても言えることは、誰も彼の伝えようとしていた真意を理解していなかったということである。だから、彼が処刑場に引かれていく時期が近づくと、それまで熱狂的に後をついて行っていた多くの人々が自分達のリーダーはそんな人物であるはずがないと側を離れた。側近の弟子達ですら、ほとんど逃げて行った。

だが彼は、最初からそのことを知っていて彼らと時間を共にすることを選んでいたのだ。その時点ではまず理解することができないであろうことも、伝達されてくる通りに伝えた。

最初から十字架で死ぬことを知っていて歩む人生。でもその真意を、その時点では周りの誰も理解することができない孤独な人生。彼が毎朝早くひとけのない所へ行って祈っていたのも納得できるであろう。彼にとってはそれが全てだったのだ。群衆が周りを取り囲む時にも、寂しい所へと出ていこうとする。彼の目的は、ただ父なる神の思いを実現することだからだ。

そんな人生が存在することを誰が想像できるだろうか。誰もそんな犬死にしていく姿が、自分の人生に大きな意味を持つなどということを予想出来なかった。

彼の受けた傷、流された血によって多くの人が癒され、生きる力を得ることになろうなどとはいったい誰が思いつくことが出来ただろうか。

だが、何より驚くべきことは十字架で死んだ彼が甦り、天に昇ったことで現代に生きる私達であっても彼に出会うことができるということだ。


出会い方は様々であろう。それぞれの人生が違っているように、その人にはその人でないと起こらないようなことが起きるものだ。私も18歳の時、聖書に書かれてるその方になぜだか惹かれて、とぼとぼと後をついて行ってしまった。

最初の出会いがあまりに強烈なもので、一気に心を掴まれてしまったのだが、素晴らしいと感じてついていき始めたその道は、最初に予想していたものとはまるで違った。苦しみに満ちているのである。

バラ色のように広がり、どこまでも広がっていくように見えた自分の人生は、むしろそれとは逆に切り取られ奪われていく一方のように思えた。それまで夢中になってしていたことさえ関心がなくなり、行動の意欲自体がなくなるのだ。これから世の中に羽ばたいていくはずである大学時代は、そのことで本当に困惑した。彼と出会わなければ、こんなことにはならなかっただろうにと真剣に思った。

私だけではない。多くの人が同じようではないのかと思う。彼の魅力に惹かれて歩み始めた人々は、道の途中まで来てそんなはずはないと後ろを振り返る。素晴らしい道だと信じてついて来たその道は、どうも十字架に続くものであるらしいことに気がつくからである。 そして多くの人が来た道を引き返していく。だから世の人々は、本当にそんな道が存在することを知ることはほとんどない。だから狭き門なのである。

何事も器用な人ならそのように方向転換することも出来るだろう。だが世の中そんなやつばかりじゃない。一本気で融通の効かないやつもいるものだ。逃げるべきところで逃げることの出来ないそういう馬鹿は、迷い込んだその道を、帰るタイミングも失ってしまってどうやって帰るのかさえ分からなくなってしまった。だから、後ろのものを忘れてひたすら付いていくしか他に手段がないのである。


だが、どういうわけか何故か途中から急に生き易くなった。これまでの苦しみが嘘のように消え、痛みが痛みのままではなくなった。そういえば、最初にこの方に出会った時もそうだったな。「わたしのくびきは追い易く、その荷は軽い」って言ってたっけ。それは、わたしの人生のあるじが完全に入れ替わった瞬間だった。

それまで、自分の人生は自分で決めて自分の力で歩むものだと教えられて、その重荷で苦しんでいた私が完全に解放を得た瞬間だったのだと思う。


原発事故は、確かに私にしても周りにしても大きな出来事だ。だが、これまでの自分の人生を振り返ってみるに、その延長上にあるものは、、、と考えてみると、やはりそういうことかと妙に納得してしまう自分がいる。

どうしても人というものは、成功をおさめてしまうと、その成したことや安定に縛られてしまうものだ。まだ若造とはいえ、そのままであれば、もうほとんど自分の生活やその周辺のことに関して、何の心配もなく、残りを隠居生活のようにして過ごさなければならないのかと自問自答していた。かといって、自分で手がけて様々な人の思いで成ったものを、自分の手で打ち壊すことは難しい。このタイミングがベストだったのだろうとつくづく思う。

ここでまた、神は私が本気で祈らなければならない状況に追い込んだ。普通ならば動転する所だろうが、これまで何度も痛い思いをさせられてきた私である。そういう状況に置かれることは、何よりも恵みであり、愛されているのだということがよく分かる。まだこれで終わりではなかった。続きがあったのだと思うと、興奮しておちおち寝ていられなくなる。そして、神がこの日本をまだ見捨てておらなかったと心からそう思うからである。そういう時代に生まれついたことを感謝する。激動の時代にあってこれからの時代の多くの人々が、津波の様に働く神の力の目撃者になるであろう。こんな時代はこれまでなかった。初代教会の時代でさえ、これから起こるほどのことを目にすることは無かったというようになるだろう。その足音を感じるがゆえにいてもたっても居られなくなるのだ。

これまでほとんど見出されることの無かったその道を、誰もが当たり前に歩むようになる。他者のために自分の命を用いることによって互いが一つとなるということが起きる。神がそのように世界を創り、その目的のために人間を創り、キリストを捧げたことを皆が知ることになるからだ。

人々の愛が冷え、世の中が混乱し、人々が希望を失う中で、ただ一つの道だと言われたその道が際立って光を放つようになるだろう。私達はその目撃者となるのだ。


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by dynabooksx | 2011-09-24 04:49 | 真也の視点

新しい風が吹いて

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空気、海、川すべてシャッフルして、入れ変わり
新しい季節が。
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by dynabooksx | 2011-09-21 17:21

きたっ!

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やっと届きました。
ひめにょんが毎月楽しみに待っている、
「チャレンジ一年生」と

ちまたで話題満載の、
「チャレンジ双葉町民」
〜東電賠償請求ドリル〜

郵便ポストにいっぱいいっぱいで取り出すの大変。
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by dynabooksx | 2011-09-17 19:26 | 愛理の避難生活

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スガキヤが
一番好きになっちゃった♪
会津っぽは、二番目だって。
ママは、会津っぽだなー
やっぱり。   
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by dynabooksx | 2011-09-17 15:23 | 愛理の避難生活

ひとつ、だけ。

「ほかのだれによっても、救いは得られません。
わたしたちが救われるべき名は、天下のこの名のほか、人間には与えられていないのです。」
   新約聖書 使徒言行録 4章12節


何故、救いはこのイエスキリストにしかないと言い切ったり、排他的で、独善的で、多くの人々が信じることを躊躇する内容ばかりなのでしょう。?

ハ・ヨンジョ牧師
「イエスは、救い主」
←クリックすると見られます。

「わたしは道であり、真理であり、命である。
わたしを通らなければ、だれも父のみもとに行くことができない。」               
   新約聖書 ヨハネ福音書14章6節


「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、
また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。
命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。
空の鳥を良く見なさい。種も蒔かず、刈入れもせず、倉に納めもしない。
だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。
あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。
あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。
何故、衣服のことで思い悩むのか。
野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。
働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。
栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。
まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。
だから。『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って思い悩むな。
それはみな、異邦人(神を信じない者)が切に求めているものだ。
あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存知である。
何よりもまず
神の国と神の義を求めないさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。
だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である。」
  新約聖書 マタイ福音書6章25節~34節




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by dynabooksx | 2011-09-16 10:28

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。