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我が家でも数名のチャイルドを支援しています。
ワールドビジョン 

クリスマスまでに7000人のチャイルドスポンサーを募集しているそうです。
毎月一人のチャイルドにつき4500円の支援となります。
日本に住んでいる私たちには想像できないほどの苦しい環境に置かれている子供達がどれだけいるのでしょう。
ご協力いただけると幸いです。

新約聖書 マタイによる福音書25章35~40節

 お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、
のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、
裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』
すると、正しい人たちが王に答える。
『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、
のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。
いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。
いつ病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか』
そこで、王は答える。
『はっきり言っておく。わたしの兄弟である最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』

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by dynabooksx | 2010-11-30 19:34 | 愛理の子育て日記

 ここまで書き進めてくると、私が聖句主義ばかり強調し、教理主義を撲滅しようとしているように見えるかもしれません。でも、私がどうこうしようと両者が無くなることはないのです。確かに、春平太さんが言うように、『日本のキリスト教会が現在の教理主義のままでは、これ以上人々に浸透していくことはなく、ビジネスマンに馬鹿にされ続ける』との意見はもっともですし、一般の人が、現在目にすることが出来るキリスト教会の姿を見て、キリスト教ってこんな物なのかつまんねぇ~なとこれだけで終わってしまったら残念です。

 しかし、私に言わせると両者は表裏一体であり、ヨハネ15章の『私はぶどうの木、あなたがたは枝で実を結ぶ』の箇所の実全体がキリスト教会だとすると、教理主義はその外皮に当たると思うのです。外から見てその実だと分かるのは表皮があるからで、それが下界と内部を分けている。でも、外皮だけを取り出していじってみても、いつまでたっても果実の甘みや味わいは分からない。果実の一部が外皮になるわけですが、果実の乾燥や害虫、病気の進入を防ぐ意味でも外皮は必要になるわけですね。ですから外皮は『世』に対する表だったところを受け持っているわけです。両者はそういう関係だと思うのです。皮が分厚くて中身が少ない柚子みたいなのではなくて、リンゴとか梨とかを想像して下さいね。そういう感じです。

 ただ、表皮が果実の本質を語るようになると、結果『自分は堅くて乾いていて、見た目こぎれいだけど食ってもうまくね~ぞ』となってしまうのです。現在の日本のキリスト教は、アメリカで果実が成熟し、しっかり表皮が出来上がったところの皮の部分が輸入された。制度化され文化となり安定化した皮の部分が、、、。こうなって更に世代が過ぎると、実際の味わいなどまるで分からなくなってしまうのでしょうし、皮の部分には種がないので、次の息吹を出すことなく、外部にさらされいずれは干からび、捨てられていくでしょう。


 でも、心配は要りません。この木は天から養分を吸い上げるイエス・キリストの木ですから。その木は自らに直接繋がる枝に新しい実を成らせ続けるはずです。片一方が衰退し、死に絶えていくように見えても、御自身の意に沿うところに養分を送り続けるはずです。ですから、表皮の所を見て『日本のキリスト教人口はいつまで経っても1%だ』なんてのは私は気にしていないし、さほど関心もありません。


 あれぇ、また今回も完結に至る最初の筋書きとは外れてしまいました。どうもうんちくをこねくり回すばかりで、聖句主義とはいうが全く聖書を扱っていないのではと思われる方のために少し引用をしましょう。ガラテヤ書からです。以下引用は全て新共同訳からです。


 人々からではなく、人を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって使徒とされたパウロ、、、。(1章1節)

パウロさんは冒頭から飛ばします。力入ってますねぇ。これに関わる部分を続いて抜き出します。


兄弟たち、あなたがたにははっきり言います。わたしが告げ知らせた福音人によるものではありません。(1章11節)

わたしはこの福音人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされたのです。(1章12節)


 パウロは他の使徒達と違って、十字架で死ぬ以前のキリストに会ったことがありません。ですから直接教えを受けた事もないし、生活を共にしたこともない。死後まもない、イエスの存在がリアル時代でしたが、そう言う意味では現代の私たちと同じ境遇だとも言えます。
 ですから、彼がイエスの事を知るには、それを知る他の誰かから聞いたり教えて貰ったりする必要があるとなるわけです。しかし、パウロはそうではないのだと言うわけなんですねぇ。あくまで自分は、人を通して知ったり信じたりしたわけではないと主張する。『人から受けたのでも教えられたのでもなく、、』の所は、別訳だと『人から伝え聞いた』とか『教育に拠った』とかと訳されており、自分はイエス・キリストの啓示によって知ったのであり、復活のキリストに会ったのだと訴え、さらに続ける。


しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け恵みによって召し出して下さった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音異邦人告げ知らせるようにされたとき、わたしは、すぐ血肉に相談するようなことはぜず、また、エルサレムに上って、わたしより先に使徒として召された人たちのもとに行くこともせず、アラビヤに退いて、そこから再びダマスコに戻ったのでした。(1章15~17節)

神ご自身が、キリストを自分に出会わせてくれて、その意思によって私は異邦人(神を知らない人)に福音を伝えるようになった。その時に、私は決して人に相談したりしなかったし、エルサレムにいた直属の弟子達(いわば幹部ですね)の所へ行くこともしなかったのだと、、。


 これ以上の詳しい説明はいらないかと思います。興味が沸いた方は聖書を手に入れて前後も含めて自分で読んでみて下さい。上で述べたとおり、現代の私たちは生前のイエスに出会ってはいないという点でパウロと同じであり、現在のキリスト教会はこうして使徒となったパウロに続くものだと言えます。パウロだけが特別でしょうか? 確かに、知的能力や当時彼が置かれていた環境、育ちは特別に選び出された器だったかと思います。しかし、彼がこのような主張をするのは、自分が他の人より優れている、他とは違うのだと言いたかったのではありません。むしろその逆で、自分たちが少数派であって、ユダヤ教の伝統や文化、権威のある直弟子達を中心としたエルサレム教会から圧迫される立場にいる自分(達)の正当性を主張せずにはいられなかったからなのです。


 歴史はエルサレム教会ではなく、パウロの異邦人教会を残しました。現在の教会はその延長線上にあるはずです。今も神は直接人を選び出し、ご自身の思いを伝えてきます。それによって、人は神の言葉である聖書を深く理解し、その意図を遂げようとするでしょう。

聖句主義を考える上で理解が深まるようにと書きましたが、ちょっと外れたかな? まだもう少し続きそうです。



 加筆ですが、そもそも『教会』という呼び名がいけないのかもしれませんね。この響きは、教会人が外の分からないやつに何か教えなくてはと力ませてしまう気がします。『自分たちが聖書を探求し、神から教えを受ける所』の理解だったらいいのかな、、。教理主義だと固定化された理念が先に来るから、ワシが教えてやろうとなるんですね。
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by dynabooksx | 2010-11-30 04:46 | 聖句主義について

 昨日のランチ。
ホワイトソース&キムチ風味のポテトグラタン
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とろけるチーズの上に仕上げのパルメザンチーズ振りかけてオーブンに入れたら、
名前の通りにこげて(グラタン)しまいました。
春に大量に作ったイチゴジャムをスライスした食パンにのせて。

夜は、急にスイーツが食べたくなって
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これもやっぱりイチゴジャムを使った簡単なパウンドケーキ♪
クリームチーズをのせて、食べました。

このイチゴジャム、色々あってね。
イチゴ農家をしている長男のお友達が自転車を買ってもらえないというので、
うちのあまり乗らない自転車を貸してあげたら、自宅敷地内で車でひいて潰しちゃったのだそう。
おわびにと栽培しているイチゴを大量に持ってきてくれました。
形あるものは、いつか壊れるからね♪

そんなんで、冷凍してあったジャムを解凍して美味しく食べてます。
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by dynabooksx | 2010-11-29 11:11 | 愛理の子育て日記

少し離れてしまったので、再度掲載しておきます。この記事を参考に読みながら進んで下さい。

鹿嶋春平太チャーチ 臨時版:聖句主義と教理主義




 これで完結にするつもりですが、無事終わるでしょうか。②で最後のところをあっさり書きましたが、聖句主義と教理主義の性質を深く理解するために、もう少し書いておいたほうが良いと思いましたので加えます。


 大学の聖書研究会で、聖句主義の交わりを体験し、それまで通っていた教会に感じた違和感の実体を明確に意識し始めたとき、私がやろうとした事。それは、教理主義教会の中において、聖句主義の部分を作ること。または教会全体を聖句主義に変えることでした。こうして書く事は簡単ですが、中身は想像を絶するものでした。歴史が100年もあり、人の動きがほとんどなく、トップダウン式の監督制を採っているその教団で、自由に聖書を読み、吟味し、語り合い、活動をする場を作ること。

 そんな事簡単にできるでしょ? と思うかもしれません。確かにキリスト教会であったら、聖書を読むことは普通かもしれません。しかし、信徒だけで自由解釈していくとなったらどうでしょう。まず、教会の指導者は面白くないですよね。自分がその仕事をするのだという自負がありますから。また、お前達への指示は俺から出るのだということも、、、。しぶしぶ了解したとしても、誰か指導者の監視がなければダメだとか、ともすれば教会の全員を参加させなさいとかめちゃくちゃで、強い恐れがあったのでしょう。春平太さんが指摘しているように、基本日本には教理主義しか入ってきていない(部分的には違いますが)ので、自分達が教理主義でやっているという自覚がなく、これがキリスト教の全てなのだと思ってしまっている。だからその秩序を乱す可能性のある私のようなあり方は、ともすると異端だとか、エスカレートすれば悪魔だとかなってしまう。悪魔(いや、サタンって言うんだな、、)の称号はこれまで何回目だったけかな??(笑) 本当は聖句主義こそが、キリスト教の伏流水であり、メインストリームであるはずなのに、悲しいことにいつの時代も歴史は繰り返されます。 処刑されないだけましですけど、、、。

 最初から摩擦が起きることが予想されていたのに、それでも進めていったのは、少ないながらもそれに賛同する青年達がいたからでした。それまでは、リーダーの一人が指示を出して、右を向けといえば皆さほど疑問も持たずそのようにする。そういう秩序がそこにはありました。ただ、私のような人間がいて、それに影響を受ける人が出てくると、、、。集団の活動は統制がとれなくなってくるんですね。支持に素直に従わない人が出てくる。これは、監督する側にとっては、大いに迷惑で目障りになります。その一方で自由で自発的な意思を持った人達は、活性化していきますが、そういう部分は評価しない、というより立場上出来ないといった方が分かりやすいですね。監督者として自分主導のものではないし、明確に意識していたかは分かりませんが、私たちの活動が自分たちの存在意義をなくさせてしまうの感じたのかもしれません。

 ですから、毎度の会議や話し合いで『そういう活動は上(その教会の更に上部組織)からやれと言われているものではない』(教理主義の性質をよく表しています)という言葉が教会の責任者から返ってきました。今は分かりませんが、当時は『活動標準表』のようなものがあり、教会の活動の時間割を作って上に報告し、またそのガイドラインのようなものもあったようなのです。都会のど真ん中で、多くの人が遠くから通い日曜にしか活動が出来なかったその教会は、日曜に様々なプログラムを詰め込み、活発にやっているぞというそのレポートを提出していたのでしょう。

 私の活動は、指導者にとってその『活動レポート』の枠には入らなかったのです。もう少し、その人の度量が大きければ、、、? 私も当時はそう思いましたし、相手を納得させる私の能力と人格が劣っているのだとも思いました。しかし、 時間がたった今はその時とは違う風に見えてきます。がぜん無理な話であったと、、、。

 ここまで話を引っ張って、ただあきらめで終わるのかとがっかりするかもしれませんが、まず両者が馴染み交じり合うことは、方向性が間逆ですからそれぞれの性質上あり得ないのです。そこで行われたやりとりは、激しいものでした。単に教会の片隅で数人集まって聖書を読みたい、それだけのことに会議を開き、喧々諤々の意見のぶつけ合いをしなくてはならない。そんなところでエネルギーの大半を奪われるとは予想しませんでした。若く(二十歳ぐらい)エネルギーと自信にあふれ、論理的組み立てと会話では負けないと思っていた私も、毎度進歩なく繰り返されるやり取りに徐々に消耗し、疲れていきました。具体的で詳細な内容は過去の記事にあります。結果的に私はそこを離れましたが、それで良かったのだと今は思います。そのまま行けば、それこそ相手を完全に制圧するまでの潰しあいになったかもしれない。青年達のことは気になったけれど、心身膠着していたし、聖句主義で結局密室に帰っていく私には、組織がどうとかそういうことにそれ以上の関心がなかったのでしょう。それはきれい事かな? そこからほぼ丸一年、怒りと後悔との葛藤で身を焼かれるようにしながら、部屋に引きこもっていたんですから、、、。


あれ、計画が大きく外れて③で完結しないような雰囲気になって来ちゃいました。
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by dynabooksx | 2010-11-29 06:17 | 聖句主義について

 この土日は2日続けて長めに乗れそうだ。天気は冬型になってくるが、ここから晴れ続きになるのが太平洋側の良さ。気温は昨日より下がると聞いていたが、もう一段防寒度を上げておいたためか、出だしからあたたかく感じた。7時前出発で13時着。はじめから山麓線を使う。

 広野あたりまで7℃ほどだった気温も、いわきに入って平地になると5℃ほど一気に上がる。いいな、いわきは、、、。昨日ぐらい走ると、半日ではグリコーゲンが完全に戻らない。軽い朝食だったためか、小腹がすいてきて四ツ倉セブンで、甘酒ととろーりチーズピザまんを食す。同時に食べると微妙な味になった。

 ずっとそこで待っているとまだまだ来ないだろうから、もう少し行ってみる。草野で別動隊と出会い遅れて数人が来るというので、そちらを迎えに行く。結局常磐線を渡るところで合流し折り返した。どうも今日はロングらしく、富岡まで行くという。普段は、楢葉折り返しで久しぶりに自転車に乗る人もいるのにそんな遠くまで(といっても私の家よりずっと手前だが、、、)行くとは思えない。終始ゆっくりで平均心拍120にも達していなかったので、一度ぐらいは上げておこうと思い、楢葉の坂で400w近くで思いっきりアタックした。そのまま下って、楢葉セブンに入るところの分岐でぐるりと回ってから待とうと戻っても誰もいない。上りの手前まで一緒にいたんだからそんなに遅いはずはない、でも何かあったのかもと坂の中腹まで上り返す。こんなときに限ってiphoneを忘れて来ている。もしかしたら途中から違う道を使ったのかも、とコンビニまで行って、また分岐まで行ってと2回ぐらい繰り返して、あきらめて北に進んだ。20分ぐらいロスしたはず、、、。

 強風吹きすさむ中を進んで富岡ローソン、、、。やっぱりいた。もうみんなは、腹ごしらえをした後だったが、補給が足りないまま120km走ってきた私はエネルギー切れ気味だった。そこで、富岡在住で東電勤務のローディーと遭遇。まだあまり土地勘もなく、仲間もいないというので今後が楽しみだ。締まった足をしているので、走れると見た。どーぞ遠慮なく声をかけてちょうだいな。
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by dynabooksx | 2010-11-28 19:28 | 休日練、ロングライド

心に響く言葉

御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。
神の独り子の名を信じていないからである。
光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。
それが、もう裁きになっている。
            新約聖書・ヨハネによる福音書第3章18・19節


内村鑑三著書「一日一生」より

もし神の刑罰というものがあるとすれば、それは
事業の失敗ではない
生活の困難ではない
肉体の疾病(やまい)ではない
家庭の不和ではない
実に、死そのものでもない。
これらは皆艱難(かんなん)不幸天罰のうちに数えることのできるものではない。
もし神の刑罰というものがあるとすれば、それは神を知ることができないことである。
未来と天国が見えないことである。
聖書を読んでもその意味がわからないことである。
感謝の心のないことである。
俗人のように万事万物を見ることである。
これが真の災難である。最も重い刑罰である。
     内村鑑三著書 「復活と来世」より



どこまでも広がる澄み渡った青空に、最後の色づきを見せている山の木々に
圧倒的に全てをあかるく照らし続ける太陽に
創造されたかたのされることは、あまりにもすばらしくて知り尽くせないけれど
イエス様の愛が、心にあたたかく広がっていくような朝
今日もへりくだり、与えられているすべてのものを感謝できる一日を過ごせますように。。。 

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by dynabooksx | 2010-11-28 08:23 | 愛理の子育て日記

 前文で、信仰を持つようになったスタートの部分を書いた。今度はそこから現在に至るまでを書こう。そこまでたどり着けるかどうか分からないが、、、、。


 無事大学に合格し、親元を離れ開放された私は、それまであまりしてこなかった体を動かす事をしようと自転車競技に夢中になった。あっ、今回はその話じゃなかった、、。苦しいときの神頼みとはよく言ったもので、心はがっつり捉えられていても、差し迫った問題がないと、受験時のように飢え乾くように求め続けるという事はなくなっていた。ああ、それでも自転車で時々近所のキリスト教会めぐりとかやっていましたね。(筑波周辺には外国留学生が多いためか本当にたくさんの教会があるんです)

 1年生になった私は、出来る限り毎週教会に通うと決めていた。(レースや練習とはトレードオフになる。今とは違いますねぇ。) そこで選んだのは、田舎にあったのと同じ教派、教団の教会。しかし、それは茨城県内にはなく、交通事情を考えても片道80kmは離れた東京まで行かなければならなかった。今ならつくばTXでビューンと行けますが、当時はよく渋滞に巻き込まれる高速バスしかなかった、、、。自転車で行ったことも何回かあります、、当然、、、。(排気ガスで鼻が真っ黒になります)

 東京の教会には、自分と同年代の青年達が沢山いると紹介されて行ったのですが、そこで目にした光景は私が予想していたものとは大きく違っていた。当時、前文に書いたように、田舎で突然聖書の神に魅了されるようになってから、ほとんど初めて家族以外の『クリスチャン』と言われる人々の集団に入っていたのです。当然、そこに集まっている人はみな自分と同じような体験をして来ていると勘違いしたわけですね。実際の所は個人の事なので分かりませんが、私の予想とは大きく違っていたのは確かです。
 
 そこは当時、特に教理主義な性質が強かった教会でした。今ならそのように整理して考えることが出来ますが、当時はそうではなかった。ただ、わけの分からない違和感を感じ続けていた、、、。普通なら、馴染まないなりに活動を一緒にしてそれらしくしているというのもあるでしょうが、生来の性格が災いしてか、なんとなく強制力を感じると危険を感じて拒否しようとするので、距離を置いていたと思います。馴染ませようと一生懸命骨を折って下さった方、すみませんでした。でも、今言わせてもらうなら、馴染みようがなかったんです。

 それでも、自転車のスケジュールとかぶらない限りは行き続けていた。その辺のしぶとさが自分でもよく分からない、、。その状況が変化するのが大学2年の中ほど頃。同時につくば教会めぐりをしていた私は、そこで知り合った学生から、大学内の『聖書研究会』に誘われる。そこでの出会いと経験が、その後の私を大きく方向付けたと言えよう。最初は小さな群れだった。少なければ4,5人ぐらいだったかな。構成はみな同じ大学の学生。基本クリスチャンだがそうでない人もいたかもしれないし、通う教会は様々。カトリックもプロテスタントも、韓国系の教会に行っている人もいましたね。そこには、別に先生とか生徒とか、教える人とか、正しい教育を受けた人とかそういうことは全くなかった。それぞれが、それぞれの歩みの中で得たものをを持ち寄る。食料を持ち寄って食事会も何度もしました。当時、女の子が二人共同で大きな部屋を借りて住んでいた所を会場にしていた時は、親元を離れ寂しい一人暮らしの男供は、家庭の温かさを求めて吸い込まれるように足を運んでいたのでは? と思います。ああそうだ、5歳以上自分が年上なのに、そのアパートの子を『お母さん』って呼んでた人もいたっけなぁ。一見失礼な話だけど、元気にしてるかなぁ。

 そこには私の求めていたものがあった。創り主に強く魅了された人間だったら、当然そういうことをしたくなるだろうという交わりがそこにはあった。時は意見をぶつけ合うこともあったが、それもまた楽しかった。今でも、私の中での教会『エクレシア』のイメージ原型はここにある。後に人数がぐっと増えていって、様々な人が入り形が変わっていったように思うが、最初のメンバーは聖句主義志向の強い人(ひとくせ、ふたくせある?)ばかりだったように思う。本当に貴重で、かけがえのない体験だった。

 いったんそういう交わりを体験すると、それまで通っていた教会の漠然とした違和感がいったい何であるかが見えてきた。そこから先は、今回のテーマではないし、過去の記事でも書いたことなので省略するが、後に自らのエネルギーを絞りつくすほどの戦いをそこですることとなる。鬱的になって、部屋に引きこもるほどに、、、。



うん? 話の区切り的にはここで②ですね。
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by dynabooksx | 2010-11-27 19:26 | 聖句主義について

 月末の仕事が少なく急遽休みになったので、この天気を無駄にするのはもったいないと南に出かけた。出発は7時前で午後2時着。今日は、3人。久しぶりに水石山に登った。茱萸平でそのまま399で帰ろうかとも思ったが、はなぴーさんが疲れているので、柳生を越えて郵便局で別れた。帰りも山麓線。明日も店まで行く予定。今週ぐっと落とし続けたが、やっと調子が戻ってきた。
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    ↑太平洋がこんなに遠くまで見えることは珍しい。
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by dynabooksx | 2010-11-27 17:15 | 休日練、ロングライド

 我が家は、病院に行くというと、この時期にインフルエンザの予防接種ぐらいで、兄弟妹で一人だけ歯質の弱い知希君だけが歯医者に時々通うぐらいで、まず医療費がかからない家です。

うちのこの冬の風邪対策は。。。
まず生姜♪ すって、ハチミツに漬けて、タッパーで冷蔵庫に入れておけば、いつでも簡単に体の温まるおいしいジンジャーティーが飲めます。
☆スーパーのおつとめ品で安くなった時にたくさん購入しておくと気兼ねなく作れます。
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シナモンパウダーが(いっぱい浮いてます)大好きな私のジンジャーティーです。

次は、カリン♪
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裏山の木に、毎年たくさんの実をつけます。
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同じくスライスしてハチミツ漬けにしました。しばらくの期間おいて出てきた汁を飲んだり、お茶に入れて飲みます。のどに良いですよね。
柚子も大切に食べています。

自然の力をかりて健康な体で家族が過ごせるように心がけていこうと思ってます♪
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by dynabooksx | 2010-11-27 09:53 | 愛理の子育て日記

しいたけ

 2・3年前に義父さんと子供達でしいたけの菌植えをして、近くの山の茂みにおいたものを収穫に行ってきました。今シーズンで何回目になるかな?毎年豊作です♪
 
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ひめにょんのは、「おばけ!しいたけ」顔より大きいです。

私は、そのままグリルで焼き、 しょうゆと七味をかけて食べるのが一番好きですが
乾燥させて料理に使ったり、うちに来る親戚やお友達に、おすそ分けしてみんなで楽しんでます。

しいたけって何でこんなにおいしいんでしょうかね?
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by dynabooksx | 2010-11-27 09:23 | 愛理の子育て日記

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。