我が家の長男暴、いや長男坊光希君はいつも同じ事でしかられている。それは大変単純なことだ。開けたドアを閉める。出したものをかたづける。そんな簡単なことが彼にはどうしてもできない。まだ小学1年生だから? そんなことはない。2つ年下の弟は言われなくてもきちっとするし、2歳の妹は人の靴までそろえてくれる時がある。
 光希を必要に甘やかせて育ててしまったと言うことだろうか? それも違う。ほとんどの人がそうだが、最初の子供というのは色々気を張って手厳しく育てるものだ。ではなぜ、、、!?  風呂に入りながら、彼の行動パターンを思い起こしてみるとパッと答えがひらめいた。そうだ知希(次男)のせいだ。
 2歳年下の弟知希は、いつも活発な兄の後を金魚のフンのようについて回る。私と追いかけっこをしても、兄と別々に逃げると言うことは絶対にしない。兄は弟を生け贄に自分だけ逃げようとするが、、、。普段の生活の際、常に先頭を切って何かを始めるのは光希、とろとろしていて後始末をさせられるのは知希であった。ドアの開け閉めも当然そうであった。
 そのことに気づいたとき、無理に同じようにさせることはないのだなと思うに至った。子供は子供で自分の役割を果たしているのだから、、、と。いずれ光希も自分一人で行動しなくてはならなくなった時に学ぶことがあるだろうし、知希は兄からいつも新鮮な刺激をもらっている。兄あっての弟だし弟あっての兄だ。2人は大変仲が良くたった今もおおかた奥の部屋で隠れてお菓子を食べているに違いない。こんな時そっとのぞきに行くと、何も言っていないのにお互いになすり合いを始める。

 こんな悠長なことを言っているが、先日のエピソードを一つ。最近光希の体力作りのために、下校は、私が走って迎えに行き、ランドセル、荷物を持ってやり一緒に走って帰ってくる(片道4キロほど) その際、校庭に私の姿が見えると素早く校舎を飛び出してくる。その日は金曜日だったので体操着や上履きを持ち帰る日だ。ランドセルを持って出てきた彼はそれを預け、忘れた体操着を取りに校舎に戻っていった。そのランドセル?何だかおかしい。中をあけてみると空っぽだった。さすがの私もあっけにとられたが、本人に驚いた様子はなかった。他人事のように『入ってないじゃん』、、、と。その後、一緒に走って家まで付いた後、持って帰るはずだったさらに数品目も忘れていたことが分かり、もう一度今度は車で取りに行ったのであった。

 我が子ながら、すばらしいアホぶりだ。こんな脳天気な屈託のない子供は今時少ないのではと思い
(夫婦でよく「光希は日本の子供100選に選ばれるな。」と言っているが。。)一層愛しくなった父であった。
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素っ裸でテレビに見入る光希、立ち上がると腹筋が6つに割れる

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by dynabooksx | 2006-10-28 10:39 | 驚き、発見

ジャパンカップ

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 10月21,22日と宇都宮で行われたサイクルロードレースの国際大会ジャパンカップに行ってきました。前回は、長男がお腹にいたときでしたから6年ぶりと言うことでしょうか。(開催は毎年です) 大学に入って自転車競技を始めた95年に見たときのスピードは想像を絶したものでした。なんせ、8パーセントもの坂を時速25キロ以上で登るんですから、、、。確か、パンターニがアシストしていた山岳王キァプッチが優勝した最後の年だったと思います。
a0023043_8175013.jpg これまでも、何度か計画は立てたのですが、子供が小さかったこともあり実現には至りませんでした。今回はせっかく行くならと、前日21日のアマチュアレースから現地に入りキャンプすることにしました。家族5人でする初めてのキャンプでした。大型のテントを持って行くことも考えたのですが、普段私は別室に寝ていて皆で一緒に寝付けるかどうか自信がないことと、使い勝手を考えムーンライト3とステラリッジ2を持って行きました。トイレやタープ代わりの屋根付きの休憩所もありなかなかのサイトでした。その後寄った土浦で口々に『寒かったでしょ』と言われましたが、心配ないんです。小型テント(特に山岳用)を締め切るとどんどん温度が上がり、外気温と10度ぐらいの差を作ることができます。虫がいなくなるこの時期がベストシーズンだと思う次第です。

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向こう側の道はレースコース間はダムだが水がなかった。

a0023043_8341031.jpg 今回のレースの目玉はなんと言ってもツールド・フランスを7連覇したランスアームストロングが所属していたディスカバリーチャンネル(旧USポスタル)とプロ契約した別府史之(べっぷ ふみゆき)23歳。全日本タイムトライアルとロードを若くして2連覇している。私も全日本ロードの最後のアタックには胸を熱くした。数年後にはツールで活躍する事だろう。写真を撮ろうと近づいたところ、いつの間にか光希が後を付いてきていて何事も何事もなかったのかのように一緒に写っていた。光希がもう少し大きくなってレースに出る頃には宝物になっているだろう。
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古賀志林道を登る選手。左手に日本代表ジャージを着るフミがいる


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山頂付近で疲れてだれるがきんちょ。知希は行きも帰りもおんぶをせがんだ。


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補給地点でサポートする中国代表チーム。競輪選手並に発達した太ももばかりだったが次々にちぎれていった。ロードレースは筋力では勝てないということだ、、、。

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近くに大谷石記念公園というのがあった。我が家の石垣もここから運ばれてきたらしい。3メートルほどの石塊の上で光希君


レースの結果はこちらでどうぞ

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by dynabooksx | 2006-10-27 08:49 | 真也の雑記帳

尾瀬行き(研修)②

 翌日は、特にスケジュールもなく自由行動とのことだったので、予定通り燧が岳と実行することにした。せっかく行くなら森林限界を超えたところで朝日を見たいと前日に朝食をおにぎりにしてもらい目覚ましは4時にセットしておいた。
 さて、朝だ。前日薄曇りだったせいか冷え込みはさほどでもない。しかし、電気の通っていない尾瀬である。月もないので一面の暗闇。ヘッドライトだけが数メートルだけの世界を映し出してくれる。もちろんこんな時間に山に登る物好きはいない。とそんなときすぐ側の熊笹で動物が逃げていく音が!! 結構大きい生き物だ。素早さからして鹿か何かだろう。熊ではない。そんなはずはない。いや、そんなことはない。そうかもしれないと腰を抜かしそうになったのを立て直し、空威張りで大声を出してみる。こんなのまっぴらだと音楽を聴くことにした。以前こういう場面で沢田知可子が流れてきて苦しい思いをしたことがあったので、今回はアップテンポの曲にした。
 木道を外れ登山道に入り登っていく。電源は入れていたが、暗闇なのでGPSもほとんど見ずにズンスン進んだ。30分ほど経っただろうか。登山道という割には、道が悪い。足跡はあるが、ぬかるみがひどく倒木が何度も道をふさぐ。入山者が多い割には管理がなってないな、、、、。進めば進むほど道は悪くなる。最後に道らしさも確認できない事態になった。困ったなとGPSを確認すると、すれにルートから800M以上離れているではないか。思い返してみてもそれらしい分岐はなかったはずだ。しかし、何せ初めての道に視野が極端に限られるヘッドライトの明かりだ。ほとんど登り初めから分かれてしまったようだ。ここで私は2つの選択に迫られた。一つは、来た道を引き返すこと。山歩きの常套手段だ。もう一つは新ルートを開拓し、無理矢理登山道に戻ることだ。ご想像の通り、時間の節約を考え後者を選んだ。
 そろそろ、薄明かりになってきてもいい時間だが、谷間と森のためほとんど変わることがない。相当に藪が濃いため頼みのGPSも衛星を3つ補足するのが難しい状況だが、正規ルートがあるであろう方向に足を進めた。数百メートル進んでもう半分ほどだというところで、限界に近いブッシュに突っ込んだ。体が押し返される。これでは、鉈なりの装備がないとこれ以上の進入は無理だろう。仕方がない戻ろう。そう思ったとき、ほぼ完全に方向感覚をなくしていたことに気づいた。なにせ、真っ暗闇の中視界ゼロの熊笹の中を進んだのだから無理もない。惨めなものだ。こんな時、普段『いつ死んでもいい、毎日が満足しているから』などといっていても、こんな所で死にたくはないとパニックになりかける。しかし、焦って低みへ下れば沢で動けなくなるかも、、、。ここは冷静に冷静にと言いながらあたりを駆けずり回っているうちに少し明るくなって、位置感覚が戻ってきた。日の光とはありがたいものだ。情報量が一気に何倍にもなる。明かりの方向と傾斜から戻る方向が自ずと分かってきた。それから30分ほどだろうか。藪との格闘の末、ついに新ルート(登山道入り口に戻っただけだが、、、)を開拓し、無事生還を果たしたのだった。
 時間は随分ロスしたが、もう一度同じ道を登り直すか、または別ルートで登るかしようかと一瞬頭をかすめたが、脳の奥へ深く刻み込まれた暗闇の恐怖が、いつの間にか私を駐車場へ最短で帰る道へと向かわせていた。明るくなった尾瀬沼側の木道で、おにぎりを食べながらGPSのログを見た所、中腹の同じあたりとぐるぐるとせせこましく歩き回った軌跡が描かれていた。
 山は、甘くないな、、、、。そのまま、翌日の社員旅行へ裏磐梯で合流することになっていたが、無性に家族に会いたくなり250KMの道のりを飛ばして帰った。
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by dynabooksx | 2006-10-18 12:14 | 真也の運動日誌

磐梯山登山

 9月23、24日とうちの会社の社員旅行(修養会と呼ぶ)で裏磐梯に行ってきました。今回は社員の家族も招待しました。天気は2日間とも超晴天。晴れ女の私のおかげでしょう!?
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メインは磐梯山登山。麓から登る組、ゴールドラインは八方台から登る組とに別れ頂上手前300メートルの弘法清水で合流しました。
光希はすいすいと登っていき疲れ知らずであっという間に頂上に着きました。そのほかの子供達も弘法清水でリタイアした子もいましたがみんな元気に登り切りました。
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こちらはヒイヒイ言いながらも何とか登り切り。
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頂上は登山客で満員状態。寝袋で気持ちよさそうに寝ている人、顔を真っ赤にさせて宴会たけなわのグループ等。私たち一行はおにぎりお菓子に加え、真也君が持って上がったキャンプ用のバーナーでお湯を沸かしカップラーメンを食べました。360度見下ろせばキラキラ輝く猪苗代湖、檜原湖、小野川湖、秋元湖。。高くて一瞬怖かったのですが、大自然の美しさに神様のなさる技は本当に人間の想像もできないなあと感動しました。下りは「足がわらい」ぱなしで最後には痛いのか何なのかわからないような感じで光希と走って下山してきました。子供ってすごい!全く筋肉痛がない!こちらは2.3日後くらいにジンジンと痛みが来ました(歳のせい)。でも日頃から自転車生活しているせいか(磐梯山登山は私は今回が3回目なのですが)登山を楽しむ事ができました。社員の中には家族旅行をしたことがなかったという人もいて今回の旅行で家族旅行の大切さを知ったという人もいました。たくさんの人と楽しいことを分かち合う喜びは心を潤してくれるんですね♪分かち合える人々が与えられていることに感謝です。
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真也君と来年の社員旅行の計画をすでに練りつつあるので実行できるように祈りつつ進めて行きたいと思っています。
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by dynabooksx | 2006-10-08 14:24 | 愛理の子育て日記

尾瀬行き(研修)①

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 9月21日、22日と浄化槽協会の研修で尾瀬に行ってきました。内容は、ラムサール条約にも登録された尾瀬の自然を守る一環として活躍している汚水処理施設、特に汚泥処理施設を見学するとの事でした。私としては、3年ほど前に町の山登りサークルで父と一度行った事があるので2度目の尾瀬行きでした。ちょうどそれに続いて、翌日から、裏磐梯にて社員旅行を計画していたので、スケジュールが厳しいなと思いましたが、いつでも行けるというわけではないので(同一県内といっても端と端で、距離250キロ)多少の無理は通す、いつものことです。
a0023043_11433223.jpgせっかく行くのなら、ゆっくりととの事で前日から出掛けたのですが、福島県側の檜枝岐村は700人ほどの村、WEBで調べてもコンビニもないので、数日間の食事は作れる支度をしていった。(実際はいくつか小売店はあった。そういうところに行くとホントはおもしろいんだよなぁ)今回は軽自動車の後部荷台に、玄関にあったソファーを積みこみ、そこでくつろいだり寝たりすることにした。これは、以前荷台の底面に寝泊まりした時、窓が相当高いところにあったので周りが見えず窮屈な思いをしたので視点を上げたのでした。
 装備は寝袋(モンベル化繊#4)、テント(ムーンライト3型、車泊がつらいときに使うつもりでした)エアマット、折りたたみ椅子、雨具(以前雄国沼でこれがなくて相当つらい思いをしたので、NOTHFACEのゴアのものを9000円ほどで落札した、実際は3万以上するようだ)GPS(GARMIN eTrex Vista Cx英語版) 心拍計POLAR 625x、水10L、ストーブMSRウィスパーライトインターナショナル、コッフェル、食料諸々、45Lのザックには、無理矢理給水チューブをセットした。もちろん自転車も、、。
 到着したのがもう日が完全に落ちた後なので、お風呂に行くことにしたが事前に登録しておいたGPSのポイントが全く場所が違う秘湯のような所(営業していなかった)を示していて、おかしいなとは思いながらも真っ暗な中を奥地まで無駄にドライブしてしまった。使い方を間違えるとGPSも大変な事になることを翌日思い知ることになる。気を取り直して前にも来たことのある公衆浴場燧の湯に行ったのだが、どうって事はない普通の温泉だった。というのも、前回は2日間30キロほど歩きづめのあとの感動の風呂、今回は、下界の生活感覚のまま行ったのだから無理はない。休憩所にネットにつながったパソコンがあったので(PHSは圏外)妻に愛のメールを書く。250キロは運転したが、道がスムーズだったことと、その日運動をしていない事で体力は回復し、体の調子はすこぶる良かった。その夜、ソファーで行きがけに買っていったファンライド(自転車雑誌)を読みながら眠る、、、、、。
 朝4時、寒い。外に出しておいた自転車のメーターは摂氏7度を表示している。通りで寒いわけだ。予測はしていたが、夏に慣れた体には良い刺激となった。#4の寝袋の快眠温度はちょうど下限がこのくらいだったように思うが、実際は12,3どぐらいが妥当なのだろうと思った。以前3月に九州旅行をしたときも寒かった事を思い出した。こんな事もあろうかとウォームアップシーツも用意してたので使ってみると、なるほど随分違う。もう一眠りと思ったが、9時に寝たためか目がさえてしまったので、朝飯を作ることにした。う~ん、冷える中ガソリンバーナーは頼もしい。お湯を沸かしパックのご飯とカレーを温め、コーンスープをすするうち、星の明かりがだんだん薄くなっていった。
 出掛ける前から、御池(福島県側の尾瀬の玄関口)までの登りを制覇するつもりでいたのだが、事前に役場に電話をかけたところ、交通規制がある沼山峠まで行けるとのことで、集合の11時まで朝のお楽しみヒルクライムを満喫したのだった。交通規制は基本的に排気ガス規制のため自転車には適用されないのであった。スバラシイ!!
a0023043_1146122.jpg 書くのが疲れてきたのでここから早足で行きます。標高差800Mほどの峠ながら最高地点は2000M近くまで行くので好天も手伝って良い眺めでした。驚いたのは7度だった温度は山を下った所、15度まで上がっていた事でした。山の気候は厳しいのです。その後集合地点まで行き、おじさん達30名ほどと一緒についさっき来た道を車で上り、尾瀬沼に向かいました。ほんの100Mもない標高差をおじさん達は必死にヒーヒーいいながら歩いていました。さて、宿の尾瀬沼ヒュッテですが、私の想像していたものとはかけ離れてスバラシイものでした。私の想像する山小屋と言ったら、一畳に3人布団はびちょびちょ、知らないおっさんが屁をしたり抱きついてきたりする所ですが、今夏はなんと8畳に3人建物全体に空調が効いていて寒くないし、夜でも電気がついている(ここだけは東京電力が来ているらしい)食事も、鶏肉のソテーなんか出ちゃったよ。いたって快適でした。逆につまんなかった気もするが、、、、。
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 研修の方も予定通り進んで、湿原を守るために浄化槽を入れ、またその処理水をも尾瀬外に排出していることを知った。現在に至るまでの過渡期の処理の裏話も、、、。現在、尾瀬地区の浄化槽汚泥は、脱水した後、尾瀬沼ヒュッテの近くにある処理施設にて含水率十数パーセントにまで乾燥させた後、ヘリで下界に運ぶという。さらさらのパウダー状態だ。十数パーセントといったら、今お隣でゴーゴー稼働しているコメの乾燥と同じぐらいである。その夜は、食事の時に出された1杯だけで、翌日の燧が岳登山(単独で計画)があるので早めに寝た。
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燧が岳2356m 尾瀬沼より標高差約700m余裕だな、、、

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by dynabooksx | 2006-10-03 11:20 | 真也の運動日誌

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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