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神の支配
 今日は、講習最後の日。ここ名古屋市貿易センタービル?(どこかで聞いたような名だ)の9階の窓から外を眺めながら愛理のお母さんが作ってくれた弁当を食べていた。500メートルぐらい先には名古屋城、高さはここと同等ぐらいだろうか。台風が去ってとてもいい天気だ、雲がゆっくりと流れていく。奥には山並みも見える。冬場であれば飛騨高山の方まで見えるのではないかと思う。ふと、神の強烈な臨在を感じた。全ての物を作り、支配している神と、神を拒絶し続ける私のような者をこれまで滅ぼさず、恐るべき忍耐を持って見守って下さった事だ。神を畏れるという事はこのようなことなのかと言葉を失い、講習会場でただただ泣いていた。だけど誰も知らない男共の所でいきなり泣き出していたらちょっとなと思い、気づかれないようにずっと窓の方を見ていた。精神異常者であるように見られる事のある私でも、このぐらいの恥じらいは持っているつもりだ。(ほんとかよ)
 それにしても、俺は馬鹿だ。今日こそはと思ったのにまたまたカメラを忘れてしまったぞ。それさえあればこの場でアップできるのになぁ。そんな気持ちでこの景色を目に焼き付けている。神を知れば知るほど神を畏れ、また喜びは増す。この気持ちをなんと表現したらよいのだろう。
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by dynabooksx | 2004-09-30 12:54 | 驚き、発見
友へ ③
 これまであなたから伝え聞いたたくさんの事、どこまで確かなものであるのかを改めて量っています。当然、人の話というのはその人の見方が大きく関わって消化された結果であることは認識しています。ですから、あなたから聞いた、あなた自身の事、あなたの教会の事を改めて私の目と耳で評価した時、どの程度食い違いがあるのであろうと言う事です。きっと、今もう一度あなたに尋ねるとしたら、以前話したであろう事をことごとく否定するのでありましょう。私にもう教会に出入りしないでほしいとの電話をした後、恐ろしくなったと書きましたね。何が恐ろしくなったのかを書いてありませんでしたが、自己評価しましたか? 私の為に祈ったとその後に書いてありましたが、何を祈ってくださったのでしょう。教会が大好きなのに、権威を持っている一部の人に出入りを禁止された可愛そうな友の為にですか? 
 以前、私は創世記から、『恐れ』がどこから来てその結果人はどのようになるのかを解説した事が何度かありましたね。随分繰り返して語ったはずですよ。忘れてはいないでしょう? 罪を認めようとしない時、事実を明らかにしたくない時、人は恐れの中に放り込まれます。その結果、『隠れる』ようになるのです。証拠としてあなたは、私との関係をことごとく絶つために、これまで私と語った事を牧師や役員の前でことごとく否定し、貸し借りしていていたものを全て返し、心の内を綴ったブログも閉じました。それが福音を伝える使命をもったあなたですか? もう私のブログも見ていないのかもしれません。心揺らがされないために、目と耳を塞ぐのが精一杯でしょう。でもこれって何処かで聞いた事がなかったですか? 私が感動した数ヶ月前にしたあなたの説教ですよ。
 『ステパノの殉教』このメッセージを語るときのあなたは輝いていたよ。ステパノを捉え最高法院にて尋問し、断罪しようとした所、あべこべに真理を語られてしまい反論すら出来ずどうしましたか? 
 
 人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした 使徒7:54
 人々は大声で叫びながら耳で手をふさぎ~ 同 57節

 
 真実が語られるとき、人々は激しく怒り、耳を塞いでそれを評価し観察する事を拒否します。残念な事ですとあなたは語られましたね。ねぇ、聖書の記述は真実でしょう?
 あなたは私が十字架を知っている者だと書いて下さいました。どういう意味でしょうね。確かに聖書には、イエスが磔刑で殺されたとの記述があります。しかしそれは二千年も大昔の物語に過ぎませんね。なぜ、科学が発達し合理的な考え方をする現代人が馬鹿真面目にこんな事を『自分の為に死んだ』と信じるのでしょう。一言で言えば聖霊の働きです。さらに言えば御言葉の語っている事を聖霊によって理解し、それを忠実に行っていく時に実感、体験として御言葉が真実である事を知り、主が生きておられる事を知るのです。私は、ここがキリスト教信仰の最もすばらしい所であろうと思います。(他の宗教をそれほど体験した事はありませんが、、、ごめんわかったような事言って、徳雲さん今度仏教教えてね)

 あなたが、書いてくださったメールを改めて読み返してみるときにやはり気になる所があります。神に仕える事を人に仕える事を混同しているように思えるのです。これは似ているようでまったく違いますよ。神に仕える事を牧師に、教会(罪人の集まり)に従う事のように解釈しているのではありませんか? 確かに、傷を見ないふりをして慰めてくれる仲間も大切でしょう。あなたが非難、批判をして傷つけたのに牧師、役員の皆さんは受け入れてくださった。本当にうれしかったのですね。でも、その事があなたの心の深いところにある傷に対してどのような効力を持ちますか? これは、時間が経てば自ずと明らかになるでしょう。あなたを本当に受け入れて下さっているのは誰ですか。あなたの傷の解決はそこにしかない。今は気の会う仲間に囲まれているでしょうが、もうすぐあなたはそこを離れなくてはならないのですよ。その時あなたを本当に守って下さるのは誰ですか? (これを読んで下さっている方々、間違っても私の事を言っているわけじゃないですよ。)
 まあ、私のような平信徒とあなたの背負っているものは責任の重みが違うのでしょう。それは心から同情いたします。しかしそれは本当に主が負いなさいと言っているものなのでしょうか。以前、牧師というお仕事という記事を書きました。その中で『牧師は罪人の見本ではないか』と記しましたが、それは私の理想とする牧師像です。欠け目があることをはっきりと認め、示されれば即座に悔い改める。こんな不十分な人でも神は愛してくださるんだと言う事が、生き方からそのまま伝わって来るような人です。神が正しのですから、牧師は自分の正しさを主張しなくても良いのですよ。
 あなたの行く所どこにおいても主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道を真っ直ぐにしてくださるのですから。私達の描く道は主から見れば曲がっているものです。主を認める時に始めてそれを矯正してくださるのでしょう。
 牧師様、誰かは正確に存じませんが役員の皆様、耳を塞がないで下さい。私の居ない間に(鬼のいぬ間に?)どうして私を教会に出入り禁止という事にするのでしょう。自分達のしている事が主の前に正しいと思われるのなら、私のいる所でそこで何が行われたのかを表してください。まさか、牧師さんが言ったからそれに従っただけ、などと言わないでしょうね。同意すると言う事は重い責任があるのですよ。ああ、そういうかたい事いうの私らしくないね。いいよ、自分ははっきりとした考えを持っているという人だけ来て下さい。
 まさか、副牧師に決定を伝えさせるだけで終わるとは思っていないでしょう? 私は教会(員)全体から拒否されたとはまったく思っていませんよ。力を持っているかのように見えるごくごく一部の人にですね。いずれにしろ人から伝え聞いた事があまりにも多いので、私自ら確かめに行きます。その時には、貴方の言うあなたの教会にある『愛、許す愛、受け入れる愛』がどんなものであるのかが、私に対して行うことによって明らかになるでしょう。繰り返し言います。私の心はまったく制限を感じていません。かえって喜びに溢れています。
 
 ごめんなさい。次の日曜日は、牧師先生と一緒に行くはずだった土浦花火大会の後、先生を送り届ける役目がなくなったため、そのまま土浦にいます。残念だ、外部奉仕が多く、なかなか時間が取れない先生とゆっくりお話できるいい機会だと思ったのになぁ。皆さんとお会いできるのはもう少し先になりそうです。
 
 浄化槽技術管理者講習中にこっそり(堂々と?)書きました。 代表のつかない取締り役より
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by dynabooksx | 2004-09-30 10:23 | 真也の雑記帳
二人のデートはキリスト教文書店
a0023043_2252899.jpg 名古屋のCLC(キリスト教文書伝道団)に行ってきました。牧師をしている両親に幼い頃から色々な街のこういったお店に連れていってもらっていました。忙しい両親と少しでも一緒に居たくて。銀座の教文館は東京都の港区麻布に居るとき日比谷線で、中央区入船に居たときは自転車で「銀ぶら」がてら♪礼拝のプログラム用紙、日曜学校で配るトラクト聖句カード、本、聖句の入った贈り物等など。店内独特の静かななんともいえない空気好きです。「こんなものにまで聖句入れられるんだ!」少数派であるキリスト教のグッズも「結構良いジャン♪ちょっと高いけどね。」と思ったものです。日曜学校教師をしているときは毎週のように新宿のライフセンターオアシスで「面白そうな教材ないかな?」仕事帰り通っていました。真也君は大の読書家(とにかくすごい量の本を読みます。キリスト教関係以外でも)CLCの書籍達をあれやこれやと読み、(今はインターネットでも書籍読めますがやはり実物が良いようです。)かなり買い込んでいました。二人で読み学ぶので楽しみです。「十字架を語る者」の真也君に十字架のアクセサリーのついた携帯のストラップがあったので薦めましたが「あんまりチャラチャラすんの好きじゃないから。」と買いませんでした。名古屋城の中など観光スポットは名古屋に何十回も来てますが行ったことがありません。こういうところが大好きな二人です。また行こうね。子供を両親に預けてさっ♪
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by dynabooksx | 2004-09-29 13:44 | 愛理の子育て日記
聖霊のバプテスマ
 私が参加しているメーリングリストでつい先日、上記のタイトルで投稿がありました。本人の了承を得た上で載せさせていただきます。


教会で洗礼を受けてクリスチャンになっても、いまだに自分
の人生の成功が人生の目標である人は、御霊によって新しく
生まれてはいない人なのでしょう。

たとえ聖霊のバプテスマをしるしとして受けたとしても、
いまだに自分のいのちを得ようとする思いを正当化して
しまう人は、しるしとして受けただけであって、ほんとう
の意味での聖霊のバプテスマを受けてはいないのでしょう。

教会の教理を信じて洗礼を受けただけで、主イエスご自身を
信じているのではない人たちが、教会には大ぜいいるでしょう。
また、そういう人たちの中から神学校の教師になった人や、
その人たちが運営する神学校で学んで牧師になった人たちも
大ぜいいるでしょう。

主イエスご自身を信じる人たちが、今、あちらこちらの教会
でさげすまれたり、罪にさだめられたりしています。
義のために迫害されている者は幸いです。

主ご自身こそを信じた人たちは、人からの何の資格も承認も
受ける必要がありません。彼らは聖霊によって教えられ、
成長し、だれに知られることもなく唯一の神からの使命を受けて、
今ある教会の偽りの山に向かって「動いて海にはいれ。」と
命じ始めるでしょう。

しかし、ほんとうに聖霊を受けていながら、自分の欲望や人へ
の恐れが心を支配する人は、聖霊に向かって心を開くことが
できないで、聖霊を拒絶してしまうでしょう。


このような時代の中にあっても、主は力強く呼びかけ、それに応答する忠実な僕、主の声だけに反応する人々を起こして下さっている事を感謝します。主が共にいて下さる喜びに、罪人である事を声高く告白できる喜びに、ハレルヤ。
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by dynabooksx | 2004-09-29 12:21 | 真也の雑記帳
ここは尾張那古屋(名古屋)だぎゃあぎゃみゃあみゃ
a0023043_20341242.jpg
暑いだぎゃあ!!今日も気温30度。都会!!空気の汚さからかやはり光希が咳をするようになってしまった。いつも東京に行って2日間ぐらいで風邪ひいちゃうんだよね。私は自分の親に子供達を気兼ねなく預けて面倒見てもらえて少し楽してる。東京人の私も三年間の田舎生活ですっかり身体の毒気抜けたから大都会はツライ!深呼吸がしたい!子供達を今日は名古屋城の公園に連れて行きました。教会の2階は住居。その長い廊下を走り回っているだけでは悪がき君たちの体力も有り余っておじいちゃんもあばあちゃんも散歩に連れて行っていくのですが、力をもてあましているのです。日頃幼稚園が思いっきり遊ばせてくれていることが本当にありがたい!ここでの与えられている時間を楽しみたいと思います。チャオ♪
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by dynabooksx | 2004-09-28 19:57 | 愛理の子育て日記
友へ ②
 タイトルを、お詫びにしようか迷ったのだけれど、そういう気持ちで書いています。まずは、私があなたとあなたの周りにいる人々を傷つけてしまった事、嫌な気持ちにさせてしまった事を申し訳なく思います。これについては、言葉でこういう他に方法がありません。必要があればいって必要な謝罪をしたいのですが、それも許されていないのでしょうね。すみません。私はこういう人間です。欠け目の多いものです。人を傷付け、また傷つきやすい者です。
 メールであなたが指摘してくださった事は事実です。その通りであろうと思います。私には他を批判するばかりで愛がない、許す心、受け入れる心を持たないと書いてくださいましたね。それは本当の事です。事実なので反論する気になりません。でも、一つ言わせてください。これまで、私は、自分には人を愛す力、許す力、受け入れる力があるとあなたに言った事がありましたか? もしそういう風に思っていらっしゃるのなら、それは誤解です。どこかで私がそういう印象を与えてしまったのかもしれませんが、、、、。
 きっと長い間極度の孤独の中にいたのでしょうね。いくら神様がいればといっても、現実人間の助け手は必要でしょう。ずっと距離を感じていた人々と近づく事ができたのでしょうね。良かった。もう私がいなくても大丈夫なのでしょうね。むしろいないほうがいいのか、、、、。前の友へで書いたように、あなたと過ごした時間本当に楽しかったよ。結果としてあなたを悩ませ、傷つけてしまったのだろうけれども、、、。ごめんなさい、あなたの守る大事な羊達を大いに動揺させてしまったのに、それでも飄々としているのだよ。できれば、あなた方の所にいって弁明したい。もし、私に何らかの興味があるのなら、出入り禁止の決定をした牧師さんをはじめ、役員の皆様のところで弁明をしたい。私が何を思い、何を考え、何を願っているのか。神の前で、人の前で弁明をしたい。私は、何も隠したいと思うことはありませんよ。私の全てを調べまた評価してほしい。もう一度いいます。私は欠け目の多いものです。愛のないものです。批判をし、人を傷つけるものです。それは事実です。それでもなお、いやそれだから、ハレルヤ。私を創り、キリストを送ってくださった方に栄光あれ。キリストは、そんな私の為に十字架にかかって下さいました。私が、あのイエスを十字架にかけました。その方によって、私は真に生きるものとなりました。私は、死にいく体を持った欠け目だらけのものですが、それでもなお私は喜びます。罪人の私の為に、十字架が立って下さったからです。これがある限り、どんなに人に拒絶されようと生きて行けるのだよ。
 牧師さん、また教会役員の皆さん、まだ甘いですよ。私を排除するだけでは不十分ではないですか? まだ私は生きているのですよ。信徒を守ろうとしても私はまだ近くにいるのですよ。守りきれますか? 私に鉄槌を下すのがもっとも効果的でしょう。私の心には自由があります。キリストと共にいる自由があります。いくら会議で決まったと言われても、私の心は不思議な事にまったく制限を感じていないのですよ。これは私でも止められないのです。すいません。

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。 ガラテヤ人への手紙2:20

どうか、皆さんの前で弁明させてください。皆さんの裁きを受けさせてください。謝罪をさせてください。
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by dynabooksx | 2004-09-28 07:06 | 真也の雑記帳
秋のおはなし    ~ド田舎村の頼りになる姉御~
 「いいかい。みんなよくお聞き!
あたいはね、あんた達の事を守ってやんかんね。
あたいのいう事をちゃーんとお聞きよ。守りなよ。
そうすれば、お殿様は特別にあたいを通してみんなを助けてくれるんだからね。
いいかい自分だけでお殿様に向かうんじゃないよ。
あたいがいなくちゃみんなダメになっちまうよ。わかったね。。。
(声をひそめて)その代わりね、あたいのしてる事に口出しすんじゃないよ。
あたいのやりたいようにさせてくれたら、あたいの力でみんなを守ってあげられるんだかんね。
口出しする奴はハブリだかんね。わかったね。」

ド田舎村にひとりの姉御がいましたよ。
その村では、みんな絶対姉御には服従でね、お殿様に素直に向かう子は仲間から外されちゃうの。

「そんなことお殿様言ってないよ。」
「どうしてお殿様に自分で会いに行ったら行けないの?」
と姉御に口出す子はその村の中にいられなくなっちゃうの。
強い姉御ね。
でもかわいそう。孤独なの本当の友達はどこにもいません。
誰だったかな?言ってたよ「姉御は旅がらすだなあ。」旅が好きなんだろうね。本当は村よりね。

ある日、村の男の子が
「姉御ーーー怖いよ。村を壊そうとシテルンダヨ。
お殿様なんて本当にいるのかな、姉御お殿様はここにはいないから僕の事みんなで守ってね。
みんなでいれば大丈夫だよね。
姉御の言う事お殿様よりいいよ。みんな仲間じゃないか。
この村には口出しする子はいないんだからーーー。怖いよーー。
僕の事守ってね。僕は悪い子じゃないよ。
でも自分の事守れないから。助けてね。お殿様あてになんないよ。」

「よーしわかったよ。いいかい。この村には誰も違う事を言う奴はいない。
みんなで団結するんだよ。この村だけは守るんだよ。
(声をひそめて)この村なくなったらあたいのやりたい事が出来なくなっちゃうよ。
そしたらみんなのことあたい守ってやれないんだかんね。よーしまかしときな!!」。。

何日か過ぎました。
「おい坊や。夜は寝れるようになったろ!!あたいは強いんだから。どうだい!あたいの言う事は正しいだろう!?」
「うん、昨日だけ眠れたよ。でも次々怖い事がなぜか僕の周りに起こるんだ。
どうしてかな。お殿様だったら何か教えてくれるかもしれないけど。。。
まあいいや。これからも姉御、よろしくね。
大きくなって大人になって僕がおじいさんになって天国に行くまで守ってよ。
姉御のすること口出ししないって僕約束できるよ。すごいでしょう。ほめてね。
天国に行くまで僕のそばで姉御が守ってね。
僕にはお殿様はよくわからないんだ。
一人でお殿様に会いに行くなんてできないよ。いいよね。わーい!」

ド田舎村は今日ものんびりと安泰です。誰も知らない秘密の村のおはなしでした。

(わからない人ごめんね。)
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by dynabooksx | 2004-09-27 14:55 | 愛理の子育て日記
曹長ありがとう
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 ここは、浜通りではなく名古屋。なんだかよく分からないが異常に暑い。2カ月ぐらい逆戻りしたみたいだ。いつだったか、東京から自転車で箱根を越えてやってきた時も暑かったな、ずっと向かい風だったし、、、。おまけに湿度もあるので、クーラーないとつらいっすよ。
 今日、日曜日は現在寝泊りしている愛理の両親が牧会している教会に一日いた。思いの他沢山の人が来た。特に子供達が多く、前に会った子は随分大きくなっていた。光希と知希が台風の目になっていたのは言うまでもない。朝から晩まで叫び声が会堂に響きわたっていた。集会や交わりでは、またまた十字架を語ってしまった。主の迫害を思いながら時を過ごした。不思議だ、抑圧を感じれば感じるほど十字架による解放の喜びは増してくる。どんな障害も、キリストの十字架が立っている限り、私を完全に打ち崩すことは出来ない。倒れる事はあっても再び力を受ける。主があがめられるのなら、どんな責めも負いましょう。私の罪を負ってくださったのだから、、、。私は欠け目の多いものだが、主はそんな私をいとおしいと言ってくれた。そんな私を用いようと言ってくださった。この方だけに栄光を。それを妨げるものは滅ぶがよい。

 おおっと、こんな事を書くつもりはなかったのですが、つい気持ちが入ってしまった。夕方、曹長(教会でいう役員の一つかな)がとってもおいしい焼肉(モツ中心)を買ってきてくれた。知る人ぞ知るという名店のものなのだが、これがうまかった。雨が降っていたが、車庫のガレージで七輪を使ってやった。ほんとありがとう、曹長。あなたみたいな人、僕大好きです。女だったらくらっと来るだろうな。インターネット使えたらいろいろやり取りしたいんだけどなぁ。多分はじめたら、面白くって夜寝られなくなるでしょう。あなたの内側にあるものを皆に見えるようにしてほしいなぁ。ご馳走様でした。
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by dynabooksx | 2004-09-26 20:52 | 真也の雑記帳
5つの質問「教会の人との関係」
 毎週金曜noblogさんの5つの質問に答えます。

1、あなたの教会の人数を10であらわすと、あなたはそのうちのどれくらいの人を知っていますか。(街で会って「教会の人だ」とわかるくらい、の知り合い)

ここ数ヶ月、急に足繁く行くようになったので、まだ知らない人も沢山います。顔は見たことあるけど、名前を知らないなんて人もいますし、誰と誰が夫婦だという事もほとんどわかりません。でも家庭集会などの小グループで、一人一人深い交わりをさせてもらっているので、主要な人はもうすぐ分かるでしょう。強いて言えば4ぐらい

2、それでは、教会の人数をやはり10で表すと、あなたはどのくらいの人とあいさつをする間柄ですか。

挨拶は、基本的に出会えば誰とでもしますね。見たことある人で言えば10

3、さらにつっこんで、お名前を知っている人の割合はどれくらいですか。

妻は、仕事柄名前を覚えるのが得意なようですが、私は苦手です。深い関係になった人しか覚えていません。名前って下の名前ですよねぇ。そうなるとほとんど分かりません。教会の人には、真也君って呼んでって言ってます。苗字ではなく名前で呼び合いたいですね。1です。

4、もっとつっこんで、「信仰の友」と呼べる人の割合はどのくらいですか。

これから、もう少し増えるでしょうが、現在は10の内1ですね。現時点では、深い信仰の話が出来る相手はこの教会には少ないと思います。しかし、それぞれがダイレクトに神へ繋がって行く時、生き生きした交わりが広がってゆくでしょう。

5、そんなあなたの、教会の人とのおつきあい、満足度はどれくらいでしょう。もし、満足度を上げようと思ったら、あと何が必要でしょう。

満足度というのは、何を基準にするかで違いますよね。たとえ恵みの中に生かされるような交わりが今はなかったとしても、これから生まれる可能性がある。それを思うとき、ワクワクして満足度100パーセントです。現在は、それぞれが気づいているかいないかに関わらず、みな渇きをもっているように見えます。これは神の恵みに気づくチャンスです。聖霊の豊かな働きを期待します。
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by dynabooksx | 2004-09-25 14:18 | 真也の雑記帳
家の教会
 以前、教会のセル化について書きましたが、最近ちらほら聞いていた 『家の教会』についての記事を見つけました。この記事は、2003年8月12日(火)から15日(金)に東京・青山学院大学キャンパスで行われたJEA(日本福音同盟)世界宣教青年大会のものです。たまたま検索でかかったのですが、トップに出てきたのがなんと救世軍士官やまやんの報告でした。
 きっとめぐみ教会のみんなもたくさん行ったんだろうね。僕も行けば良かったなぁ。注目すべきは、後半の『ハウスチャーチによる爆発的教会成長』です。

「家の教会」の特徴を挙げると、次のようになります。

◆家で集まる。教会堂は持たない。
◆3名から、多くても30名程度。それ以上になると、株分けする。
◆家族的な交わりが中心である。
◆関係性を通して「身近な人」を福音に招く。知らない人には働きかけない。
◆自分たちでリーダーを育てる。
◆自分たちでお互いに教え合い、訓練し合う。
◆組織ではない。上の位階・横のつながり・外の団体から支配されないし、お金をもらわない。
◆伝統的な教義や教理の学びではなく、御言葉そのものを学び、御言葉を生きる。
◆祈りと、カリスマ的な賜物の重視。
◆祈りと啓示によってのみ行動する。伝道のプログラムを立てて何かをするのではなく、祈って、示された時に、示された人のところへ行って、伝道する。プログラムを持たない。


 この動きはアメリカ南部バプテストが中心に起こったようですが、日本人の知り合いからも聞いたことがありました。上記の性質を見ていくときに、初代教会を彷彿させるものである事に気づくでしょう。当然組織化、権威化されたものなどはないので、御言葉に立った相互に交わりを重視したのでしょう。そこにはいわゆる、権威者としての牧師はいません。万人祭司であり、それぞれ互いに教えあい、学びあいます。平信徒とか伝道者だとかいう区別はなく、全てのメンバーがキリストの弟子であり、新しい弟子を生み出すために召されています。私が大学時代に経験した、聖書研究会に近いものでしょう。

 私、最近思うんですよねぇ。聖書にあるように教会の頭はキリストでしょう? これを勘違いしている信徒とか牧師とか多いんじゃないんですかねぇ。牧師は単なる仲介者であって、本質的な導き手ではない。前の記事で書いたように『罪人の見本』のようなものではないだろうか。この事がわかり、全ての信徒がキリストの弟子であることを再認識する時、教会は生まれ変わるでしょう。教会の本質は建物ではなく聖徒の群れである。この事に気づき集中していく時、教会は爆発的に増えていくでしょう。

 後半で、やまやんは冷静に自分の所属する救世軍に適用する場合を評価しています。さすがだ、、、、。

 伝統的・制度的な教会の在り方を根本から否定しかねない「ハウスチャーチ」は、救世軍のような組織が整った監督政治の教会に導入するのは、かなり難しいであろうと思われます。しかし、たとえば、戦略的にひとつの小隊を選定して、その小隊だけは今後10年間積極的にハウスチャーチ方式で伝道する、というようなやり方は、可能でありましょう。
 それが、伝道として成功し、実際に成長が見られた場合は、次の課題として、「それでは、救われた人たちを、どのようにして救世軍兵士としての規律と生活に移行させることが出来るか?」という問題を考えなければなりません。ひとつの方法としては、弟子訓練という概念を、救世軍兵士というコミットメントに上手く融合させることが考えられます。このあたりの研究課題は、「救世軍の正式なメンバーシップとは何かという問題」「制服着用の問題」「兵士が引き受ける約束事項の問題」と全部合わさって来ることになりますから、新しい伝道方法を先に推進している英語圏の救世軍の動向を、さらに待たなければならないと思われます。


確かに、監督制をとっている救世軍には相当難しい問題だと思います。しかし、人を救うため(福音を伝えるため)なら何でもやるというのが救世軍だと、私は認識しています。確かに日本の救世軍がずっと海外の救世軍に憧れ、追いかけてきたのは知ってるよ。でも、やまやん、海外の動きを待っていたら、僕らの時代は終わっちゃうよ。残念ながら、僕は救世軍ではやっていけない。もしやるとしても、今必死に保っているものを大きく破壊してしまうでしょう。救世軍は救世軍の本分を行って下さい。僕は僕の示される所を行きます。必要があれば、協力は惜しみません。またどこかで会いましょう。

追伸  明日からは、名古屋で~す。夜中出かけます。今回は、どんな出会いがあるかな。
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by dynabooksx | 2004-09-24 16:19 | 真也の雑記帳
  

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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