<   2004年 08月 ( 33 )   > この月の画像一覧

朝昼晩

a0023043_13333488.jpg夜ひめひめが起きたりすると次の日の朝はかなり眠いのですが光希の幼稚園のためお弁当作りがあるので6時半には起きます。朝ごはん昼ごはん夜ごはん三回とも真也君と一緒で用意します。「朝はともかくとして、手をかけて作るスローフードなご飯は、一日一回でいいかな?」ということにしてもらっています。今はいろいろ忙しくて毎食事、丁寧に作れないのです。外食もします。子供達に「おうちで食べるママのごはんが一番!!」とわかってもらっていればいいかなと、甘え半分精一杯半分です。ホント毎日眠い!体が重い。さすがのわたしもとうとう「キューピー。。。。。」という錠剤をのんで栄養補給するようになっています。子育ては本当に苦しい。でも子供のいない生活はきっとこの世界に色がないみたいな感じかな。神様の知恵と力を求めつつ、母親である自分を感謝しつつ。。。
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by dynabooksx | 2004-08-31 13:33 | 愛理の子育て日記

めぐみ祭り

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 日曜の夕方は、教会でするお祭り、『めぐみ祭り』でした。これは、以前教会の役員会で子供を祭りに行かせるのはどうかという話しが出た時に、じゃぁ教会でやればいいじゃないということで始まったと聞いています。この教会には、マイナスに見えるものをゼロにするどころかプラスに変えてゆくエネルギーがあります。他にも、亡くなった信徒の家族から戒名を頼まれ中国語聖書を使ってつけてしまったりとか、入魂式(新らしいお墓を使う時にする)の代わりに献墓式をしたりとか、キリスト教の意味を与えつつも地元に根ざして行く姿勢が見られます。先日のシンポジウムで清野先生にお会いした時、宣教師で宣教学博士でもある彼は、そういう行事は社会的な意味があり、死に対する人々の不安を取り去る役割があるためなくしてしまってはダメなんだ。代わりのものを用意し、キリスト教の新しい意味を与えることが大切なんだと語ってくれました。日本人は内と外の意識が強く、毛色の違うものを排除しようとする性質があり、キリスト教会でもそういう傾向が見られることがありますが、それをのみこみつつ前進して行くこの教会の姿勢は、主任牧師によるものが大きいでしょう。ちなみに大雨風の吹き荒れる中でしたが400~500人ほど一般の人、教会員合わせてこの愉快なお祭りにきたようです。
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教会員が知恵を出し合いさまざまな模擬店を出します。みんな楽しそうでしょう?
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a0023043_910628.jpgあいにくの雨で室内がメインでしたが、子供達も大喜びでした。光希はこの教会を知り尽くしていて、いつの間にかどこかに行ってしまいます。祭りも終わって静かになった帰り際にもいなくなって探したら、さすがに泣いていました。やっぱりまだ親が必要なのかと思って安心しました。きっと置いていっても「男の子ほしかったんだ。」と言う清野先生が寝太郎(清野家の犬)の側に小屋を作って、大切に育ててくれたことでしょう。
 私は今、踊り、飛び跳ねた影響で少し体がだるいです。疲れが一日飛び越してくるようになってしまった。
『あなたこそ賛美、受ける方~、最高の賛美捧げる~♪』これ好きです。ふと気づくと振り付けながら歌ってます。これを見て愛理は、子供達に『ほら、またパパはUFOを呼んでるよ』と言います。 
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by dynabooksx | 2004-08-31 09:31 | 真也の雑記帳

台風

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 朝、まだ薄暗い中起きたらあたりは暴風雨でした。私の寝ている2階は3方が外に面しているので、風の影響をまともに受けます。台風の風は、収まってはまた寄せるという海の波のようです。大雪の時もそうですが、台風が近づくと子供の頃を思い出します。なんだかワクワク、ドキドキした感じです。学校と呼ばれるところが嫌いだった私は、一心に休みになる事を願ったものです。願わくば校舎ごと吹き飛んでほしいと、、、。(コンクリートの校舎が吹き飛べば木造の我が家はどうなるかを考えていない) いつも平凡な日常に変化が起こる事を期待していました。前に読んだ新聞記事に、日本のサラリーマンのほとんどは、天変地異を望んでいるというのがありました。これはいかに日本の社会が行き詰まり、閉塞感に満たされているのかを表したものだと思います。自分の未来に先が見えているのでしょうね。景気は良くならないし、、、。でももし景気が良くなったとしても、もはや我々の世代はそれだけで有頂天になる事はないのではと思います。そう願っているのでもありますが、、、。自力で生きるのってほんと大変ですね。愛理には、『真也君みたいな人が、これまで生きてきたのは奇跡だよ』って言われますが、なるほどそうだなと思います。早くこの世が終わってくれる事を毎日待っていました。私だけではなく1999年7月を待望していた人は多かったでしょう。今思えば、小学生の頃から、自分で描く未来に限界を感じていたのだと思います。理科の授業で、人間は酸素を消費し、二酸化炭素を排出している事を知った時、呼吸をしていることが罪に思われ毎日意識していたら、呼吸困難になりそうになりました。何をしても友達とぶつかり、人付き合いも馬鹿らしく思えました。
 そんな私が、これからを思い胸を震わせるという事は本当に大きな変化です。毎日、今日は何があるかなとワクワクしてます。神様は、日々新しいものを下さるからです。雨が吹き付ける窓を見ながら、仕事が休みになって堂々と教会での分かち合いに出かけられるようにと願う私でした。
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by dynabooksx | 2004-08-31 04:49 | 真也の雑記帳

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 夕方4時ごろ福島に戻ってきました。帰ろうと思ったら、いつも使う郵便口座に残高がなく、時間もあるからまっいいかってことで一般道で帰ってきました。やはり200キロとなるとそれなりにかかりますね。でも、いろいろ寄り道しながら帰ってきました。
 今回は、長女の愛乃を第二礼拝で献児式をしてもらいました。3年前に福島に来る時は、同じぐらいだった知希の式もしてもらいました。人は随分入れ替わっていますが、温かい雰囲気は変わりません。あちらこちらから話しかけられます。(自分が話しかけているのかもしれないけど) 8月後半はあまりにもいろいろ出かけたので、ふと自分がどこにいるのか分からなくなります。いつも泊まる国民宿舎水郷も常連になって、なんか出かけている気がしなくなってきました。そうそう、宿に帰って温泉につかりながら賛美を歌っていると周りにいる他の子供が一緒に歌っています。前回泊まった時は、韓国系の教会の修養会がちょうどそこであり、辺りが韓国語でめぐみ教会の韓国語礼拝をした後で全部韓国語に聞こえてしまう病いになったのかと思いましたが、今回は子供が教会の歌を歌っています。またかと思ってしばらく考えましたが、思い切って聞いてみると私達と同じように教会に来て水郷に泊まった一家でした。それも一つ挟んだ隣の部屋で、、、。しかし、驚いた。三度目は誰に会うんだろう。
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by dynabooksx | 2004-08-30 19:57 | 真也の雑記帳

8月も終わりで、

 この8月いっぱいで、実家(福島県浜通り)に帰って来てちょうど3年になる。石の上にも3年というが、次男が2ヶ月の時来て、メンバーがもう一人増えた。早いものだ。愛理は30、私ももうすぐだ。二十歳の頃書いた文章が、昔のパソコンに残っていたが10年後を予測してのもので、きっとその頃結婚をするだろうと書いてあった。予想は大きくはずれ、すでに3児の父なのだが、結びに興味深いことを書き残していた。その頃までには、本当にやりたいことを見つけていてほしい。  と、、、。その頃の私は、親や周りの期待に応えるのが精一杯で、自分の人生を生きてはいなかった。その時はその時で充実していたのだろうが、従来の生き方から新しいものへ変化していく時には、耐え難い痛みがあった。二十歳の時の私は、そろそろそこにぶつかってゆくことに気づいており、10年後にはそれを乗り越えていてほしいという願いをこめて文を記したのだろう。

 3年前、つくばに住んでいた私は郵便配達をしながらめぐみ教会に通い、心身を回復させて来ていた。大学時代からの仲間がいて、心から自由を感じられる教会生活は何物にもかえられなかった。家を継ぐはずだった長男が事情により家を出、ふとした思いつきから私達一家が入れ替わりで実家に帰る事になったのだった。親の会社で働き、それを引き継ぐ事になったのだが、仕事は仕事でやれるだけのことはやる。家を継ぐとか継がないとかは別問題、という条件だった。無論、未だに兄とはそのことについて何も話していないし、決めてもいない。我々はそれを人生の上でそんなに大事なことだとは考えておらず、自分が負えなかったものを人に負わせたくはないという気持ちがあったからだと思う。私の父は、7人兄弟の5番目の長男で上4人は女で頭の切れるおばさんもいる。父はいわゆるおっとり能天気長男タイプで、ばっさり人を切ってゆくタイプの人ではない。身体障害者の父(私の祖父現在98歳)を抱え、3ヘクタールもある田んぼを、自らがヘルニアで働けなくなる時(私が中学の頃)まで作りつづけた。豚や鶏もやっていたことがある。親類とのトラブルで祖父が大金を使ってしまい、それまでの貯金をはたいて抵当に入った屋敷を買い戻したこともあった。先祖からの引き継いできたものを必死に守り抜いてきたのだ。
 そんな彼と、最近激しくぶつかる。やっとぶつかれる所まで来たと言ってもいい。争いを好まない父は、口論も好まないのだ。昔からあらゆるトラブルの具体処理は、母がしてきたように見える。私達と母が、会話を楽しんでいる所に参加してくる事もほとんどなかった。正直、父親に叱られたという記憶もない。そんな父だから、激しく私とぶつかる事は相当なストレスなはずです。当然、これまで何度も私と向かい合うのを避け続けてきた。昔からそんな調子なので、あきらめもあったが、共に仕事をしている都合上見過ごせないものもあった。兄は田舎を離れ、姉は嫁いだ以上、直接関われるのは私だけ、父に本気で向かい合う使命が私にはあると思うようになっていた。田舎は、たいへん人目を気にする社会で、いろいろそれを助長するシステムがあります。互いに監視しあい、変わったことをしないようにさせる仕組みです。言葉上でも、『人に笑われる』だとか『体裁がわるい』だとか周りを気にする言葉が多く見受けられます。私から見ると、そんな実体のない世間を異常に恐れているように見えます。どこかに出かけるのにも『あの人が働いているのに何だか悪い』だとか『遊んでいるのを見たら人はどう思うだろうか』と考えるのでどんな事も手放しで喜ぶことが出来ません。
 私も、この地で生まれ育ったはずなのですが、つくばを離れかえってきた時、こんなにも違和感を感じるるものなのかと驚いたのを覚えています。田舎が変わったのではない、私がまったく変わってしまったからなのでしょう。律法、努力の世界から神の恵みの支配する所へ、部屋に引きこもり毎日おびえる生活を通して、私は生まれ変わっていました。生活の根本を支えているものが違いますから、律法によって人を奴隷にしようとする事には強く反発します。昔だったら反発しながらもその圧倒的な説得力に飲み込まれていっただろうけれども、人を活かす原動力を知った私は論理的にそれを考察、評価するのでした。しかし、いくら私が正しさ、正当性を聖書から主張したとしても、必ずしも人が必死に握っているものを放させることは出来ませんでした。それどころかもっと頑なにさせてしまったのかもしれません。

 先日、両親と激しくぶつかりました。ここ半年も何回がそういうことがありましたが、内容はいつも同じです。両親と私達とでは人生の向かう方向が違うのです。会社の経営一つ取ってもそうです。私の考える会社経営とは、危機管理をきちんとすること。半公共の仕事ですから、延滞は許されません。ですから、誰かに何かがあってもきちんと自立して業務を行っていける組織作りを最優先にしました。まず、仕事に対する情熱を持たせ(これがなければサービス業ではない)自分達が会社を構成し、動かして行くのだという自覚を持たせました。その上で私が形作りスムーズになった仕事を、次々と社員に委譲していきます。そうしてさまざまな業務を社員に任せて行きました。それは今までなかったことです。それまでは決められたことを決められたようにやっていれば良いと、自ら考えることは求められずそれぞれの部署の連携もありませんでした。ただ任せるだけでは、不十分なので全てを一括管理できるシステムを今年の1月から開発しながら導入してきました。顧客情報、お金のやり取りをはじめ、保守点検のデータなども全て一元管理できるものを目指したのでした。社員一人に一台ノートパソコンを持たせ、業務連絡やスケジュール管理もさせ、端末を通さなくては現金のやり取りを出来ないようにしたのでした。七転八倒しながらも、一通り順調にそれが動くようになってきた今、私の迫った仕事は大きく減りました。もともとそれを目指していたのです。最終的には私がいなくてもきちんと業務を遂行できるようにと、、、。
 このことは、自らに依存させる関係を持とうとする両親には理解できません。はっきり言うと、私をこの地に縛りつけておく事が出来ないからです。これまでも、新しい家を建てる計画などが出て、皆が乗り気になっていた時がありましたが、どうしてもその気になることが出来ませんでした。私の住むべき家(霊的な)が他にあることに気づいてきたからでしょう。先日の衝突の時、ちょうどいい機会だと思い、はっきりと言いました。もし、私にこの家を継がせるのなら、私は聖書の御言葉に従い、全て売り払って貧しいものに与えなさいと書いてあるその通りにします。それでも良かったら、継がせてください。と言ったのでした。あらゆるもの全て神が創られたものですから、私達が感謝して恵みとして受け取るのならどんなものも祝福になってゆくのだと思います。しかし、自力で必死に守って来て、それによって今の自分達があると考える両親に対して、厳しく叱責せずにはいられません。これが私なりの愛情です。それにしがみつく限り、恵みによる支配は訪れないからです。

 子供を3人も抱えている私は、独り身のように気楽ではありません。ここにいれば、生活の安定は得られ社長として平均年収の何倍もの収入を得られるかもしれません。ですが、一度捧げられた人生である以上、聖霊が促すように私は生きます。まず、神の国とその義を第一に求めなさいとあるように、私がそれを求めるのなら、私に必要なものは全て神が用意して下さるでしょう。もしそうでなければ聖書の言葉は偽りだと言う事になりますが、私は聖霊によって聖書が真理を語っている事を知っています。ですからなぜか不安はありません。前は、信仰というものは良く分からないものに身を委ねるような感覚がありましたが、今は聖霊がはっきりと道を示し、十字架が弱さを支えます。より確かなものに身を委ねるのです。私には当たり前のことのようです。山室軍平の言葉に『さびるより磨り減る方がいい』というのがありますが、そんな人生を送りたいです。私を創った方に、最大限に用いてほしい、そんな気持ちです。これから先の人生は、もっとも人間らしく、自分らしい、本当にやりたいことをやるものとなって行くことでしょう。
 
 長くなりました。これから土浦めぐみ教会に行きます。今月2回目ですが、あそこには私達の信仰の原点があります。故郷を思いこれからの道を備えます。
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by dynabooksx | 2004-08-29 03:40 | お仕事

結婚について思うこと③

 しばらく前に結婚について思うこと①と書きましたが、今回は私達夫婦の関係についての実際をお届けしたいと思います。
 私は、子供の頃から人に指示されることが嫌いで、命令されると必ず反対の事をする子供でした。(今もかも) 愛理は、プライドが高く負けず嫌いな所があります。(勝手に決めるなって言われそう) みなさん、そんな二人が一緒になったらどうなると思いますか? 細かい事はご想像にお任せします。これまでのブログでも書きましたが、私達が互いに向かい合うのなら、その戦い、争いは大変なものでした。その経験を通して、何が私達を結びつけるのかという事を真剣に考え、求めるようになりました。 今は、その頃と比べればたいへん平和になったのですが一つ、現在の私達のあり方を端的に表す例を書きましょう。

 愛理は、中高年(特におじさん)に人気があります。私の親類をはじめ、近所の人たちとすぐに仲良くなり、今では私よりこのあたりの事が詳しくなってきています。時折、おじさん達が、愛理可愛さに、私に次のように声をかけていくことがあります。

真也君、愛理ちゃんを幸せにな。泣かせるんじゃないぞ。  と、、、。

すると愛理はどうすると思いますか? その場では言いませんが、後で憤って私に言います。

まったく、どういうつもりなんだろうね。真也君ごときに、私のこと幸せに出来ると本当に思っているのかね。まったくいまいましい。ねぇ、真也君  と、、、。


意味分かりますか? 夫といえど、自分の心を本当に満たす事は出来ない事を、彼女は良く分かっているのです。このことは、私にとっても喜びです。なぜなら、いくら私に求めたとしても、私に人を救う力がないからです。求められても、息苦しくなり、お互いに失望するばかりだからです。ですから、どこに求めて行くべきかを知った今は、本当に自由でそれぞれ違う者が共にいることを心から楽しんでいます。彼女が、キリストに出会い変わって行き、本来持っている素晴しいものを次々と開花させていくのを真近に見ることが出来るのは、夫として最高の喜びです。神が創られたものの奥深さと、日々与える霊の新しさに驚かされます。私達が心を一つにする時、私に働く霊的な力も倍増するようです。ほんと、夫婦って面白いですね。私に、もっともふさわしい助け手を与えてくださった主を賛美します。
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by dynabooksx | 2004-08-28 07:26 | 真也の視点

早いものでまた金曜日になってしまいました。急に寒くなって、夏は終わったのかしら。日曜のめぐみ祭りは台風大丈夫かな? 今週もNoblogさんの5つの質問に参加いたします。

1. 教会の花壇や庭などに、どんな植物がありますか。
救世軍の教会の玄関には、かつての士官(牧師)が植えた綺麗なバラがあります。毎年、楽しませてくれます。

2. それは、誰がお手入れをしていますか。
教会員の人が時にばっさりと剪定します。今は無牧で誰も住んでいませんが、近所の人で庭の草むしりをしてくださる人がいるようです。

3. 教会の建物の中に、どんな植物がありますか。
中には花瓶に入った花ぐらいかな。

4. それは、誰がお世話をしていますか。
花ですので、枯れるまでそのままです。冬場など温度が低く、変化が少ないため、驚異的に長持ちすることがあります。誰もいない教会の七不思議の一つです。(嘘)

5. そんなご労をとってくださっている方に一言、どうぞ。
庭の草むしりをしてくださる方、いつもありがとうございます。あなたはこの教会に昔、通われていた人なのでしょうか。そんな、目立たない奉仕の心を神は祝福されるでしょう。
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by dynabooksx | 2004-08-27 16:52 | 真也の雑記帳

私の尊敬するお百姓さん

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一面のブロッコリー畑(赤ちゃんです)

すごーい久しぶりに書いています。忙しかったのと母乳のせいか、産後の疲れが
今頃出てきたのか、何をしても後ろ髪惹かれているように何だかシャキシャキ動けなくて
ブログも書きたい事がたくさんあったのですが、避けていました。
今住んでいるところの近くに農家で稲垣さんというご夫婦がいらっしゃいます。
月に何度かは野菜を買います。「子供達に食べさせて。」と真っ赤なあまーいトマト
スイカ、とうもろこし、かぼちゃの煮つけなどなどいつもおまけに持たせてくれます。
二人の作る野菜は毎年この郡の品評会でどの野菜も一番をとるほどの傑作で、どんな野菜も稲垣さんの畑では、すくすくのびのびおいし~く♪おいし~く♪なります。私が妊娠中でつわりがひどくても稲垣さんの畑の野菜は食べられて、つわり後は血が緑になるのではないかと思うほどおいし~い野菜ばかり食べ続けました。結果妊婦には最高の体調。元気でおちゃめな愛乃が生まれてこられたのも稲垣さんのおかげといえます。
お二人は農業一本で人生を歩んでこられました。稲垣のおじさんは
横須賀から戦後こちらに引き上げてきて開拓したそうです。里山の桜、松など樹齢何十年もの大木を一本一本抜いて畑にしていったそうです。一代で築いた汗と涙と血の結晶のようなすばらしい畑です。当時は開拓者で素人だった為、随分農家の後継ぎ達に馬鹿にされたそうです。しかしそういう人たちは今はみんな、死んだり、事業に手を出して失敗したり、年などでいなくなってしまいました。「一番の落ちこぼれが残ったんだ。」と稲垣さんは言います。「素人は何もわからないから一所懸命やったんだ。だから成功できた。真面目にやるからね素人は。」
75歳のお二人は野菜作りの天才です。しかしよく「もう限界だね。」とおっしゃっています。引退される前に、野菜作りのコツを少しずつ聞いておき、いずれどこかでする自家栽培のために知恵を蓄えておこうと思います。
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by dynabooksx | 2004-08-27 13:22 | 愛理の子育て日記

 先週の日曜日は、須賀川の教会に行ってめいっぱい語り、歌い、泣いてきました。その他のところでも、教会の内外に関わらず人と触れ合うのが楽しく、十字架による和解、開放を語っています。数年前、誰とも会いたくなくなって引きこもっていた頃がうそのようです。
 かつて、伝道という言葉を聞くと、なんだか得体の知れない世界へ引きずり込まれるような気がして、思考がストップしていたのを覚えています。それを認めると、人間性が否定されるような、、、。信徒らしく牧師らしくクリスチャンらしく、それが伝道だと聞かされていたからかもしれません。そうなると、キリスト者であることは重荷以外の何物でもありません。自分を素直に表現できないからです。そんなもののどこが福音ですか? 私が私であれないなんて、創り主を否定しているでしょう?
 前に、神の御声を聞くの所で書いたように、私の言葉を語りなさいと聞きました。その声は、私に十字架を語りなさいと促します。私にとって十字架とは罪人であることを公に言い表すことですから、喜んで日々これをしているというわけです。明確に、神は私にこのことを中心に語りなさいと言っているのがわかってきた時、『伝道』は本当に楽しいものになって来ました。十字架によって罪の意味が根本から変わることを証しする時、涙をとどめることが出来ません。心の底からの解放の喜びがあるからです。それが周りの人に伝わって行くとき、それらの人々も解放されて行き、それによって喜びがより増していくことも知りました。これって一度知っちゃうとやめられませんね。もう、病みつきです。
 もし、私が今後、牧師や伝道師のような立場になって行くとして、罪人であることを隠さなければならなくなるのなら、そんなものに何の意味も見出しません。どんなに長く信仰生活を送っても、私こそ罪人の頭ですと証し出来る幸いに、ハレルヤ。
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by dynabooksx | 2004-08-26 08:25 | 真也の視点

シンポジウムに出て

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 昨日、一昨日と仙台バプテスト神学校で行われた、第5回地方伝道を考えるシンポジウムに参加してきました。東北地方を中心に、さまざまな教派の牧師が50名ほど集いました。
 感想といいますと、率直に言って昔から言われているように、都会、田舎に関わらず、日本のキリスト教伝道は行き詰まっており、皆が苦悩しておるのだと言う事がしみじみ伝わってきました。特に、東北ということでは、かつて入っていた宣教師達たちは引き上げ、日本人牧師がいないのは深刻で無牧の教会が多数見受けられます。それは自分がよく知っている救世軍だけでなく、他の教派も共通の悩みでした。確かにこのような会が催されてもほとんどが50,60歳台、若い世代がほとんど参加していません。先日千葉で行われた救世軍の青年部講習会(名前違っているかも)でも、私達の世代がいなかったと聞きます。若者を取り扱うことを考える時に、若者がいないということはそれだけで致命的なことです。そこでどんなに熱心な議論が行われたとしても、焦点を疑わざるを得ません。本当に未来を考えているのか、、、と。自分達の過去を回顧して慰めあっているだけではないのかと。いきなり毒舌になってしまってすいません。でも、現時点で私はもう次回は参加しなくていいかなという気持ちです。私はまだ20代ですから、これからがどうなるのか、どうするのかがもっとも気になります。教会の後継者について考えるのに、若者がいなくて考えた事になるのでしょうか。あっいないから悩んでいるのか、、、。独りよがりすぎますよ、みなさん。これじゃ牧師になりたいと思う人は起きないでしょう? 伝道とか教会とか小難しい事は置いといて、あなたの福音、十字架はどこにあるのかともっと聞きたかった。と今書きながら思い出しました。これを思い出して胸につかえていたものが少し取れました。でもやっぱり、はっきりと十字架を語ってくるべきだった。だからこんなに苦しいんですね。神様、次は躊躇せず語ります。ああ、泣いたらすっきりした。

 とはいっても、個人的にはすばらしい出会いもたくさんありました。やっぱり何度も行き詰まって、落ちこぼれを自称しているような開放された牧師って私大好きです。いくらでも話していたい。そんな出会いもありました。盛岡の若井先生にも会えましたし、今度遊びに行きます。みんなたった2日では自分の殻を破れるわけないですよね。一週間ぐらい山にこもって共同生活でもしてみると面白いかも。後は、興味のあるところに個人的に出かけます。ウェブも紹介できましたし、ひとまずは満足です。

a0023043_6441165.jpgごめん、載せないって言ったんだけどあまりにも楽しそうだからちっちゃく載せちゃいました。あのね、清野先生はやっぱり清野先生でした。私の横で朝方、寝言言ったんですよ。なんて言ったと思いますか? うふふ、もっと遊ばせてよだって。ああ、この先生は本当に牧師を楽しんでいるなぁと感激しました。これだけでも来てよかった。
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by dynabooksx | 2004-08-25 06:43 | 真也の雑記帳

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。