カテゴリ:愛理の避難生活( 61 )

迎春

ご無沙汰しています、愛理です。
新年を迎え、最初の3連休の最後の日、いかがお過ごしですか?

昨年2014年は、我が家にとってこの約4年間の原発避難生活のターニングポイントとなる、出会いと出来事がたくさんありました。
日々ツイッター、FBなどで細々書いていたり、親しい家族や友達は、知っていることなのでここでは、詳しく書きませんが。

簡単に報告するなら、4月から新天地で暮らします。家計を支える新しく始めた事業も順調。と言うことです。

2011・3・11より、東京電力による原発事故の為、避難生活が始まりました。
自然の美しいこの地上の天国のような場所を追われ、まずは、子供たちの学校生活など変化を与えたくなかったのと、
放射能汚染被曝対策の為に暮らした愛知県。

愛知県在住の私の両親に、震災後無事を見せたくて、そして更に西へ避難する前、
立ち寄っただけだったのですが、
人々が明るく親切、あったかい人々ばかり、
特に子供たちの学校の先生、お友達、家族が良くて、
結局、愛知県で避難生活することになりました。

子供たち誰もが良いお友達にめぐまれて、
今は、道で会うと「引っ越しちゃうんだってね~」と涙ぐんでくれるほど、仲良しがたくさんできたので、
愛知県を離れるのがとても悲しくなっているのも正直な気持ちです。

新天地は、いわゆる田舎ですが、
学校スーパー生活必需施設が徒歩圏内にある便利な田舎、大自然の美しさを四季を通して肌で感じられる素敵な所、とある城下町です。
浜通りのように雪が降らない(近年は雪降水量が増えているようですが)、夏涼しい、生活の多くを自給自足できる場所。
そして、水道水・土壌検査済みで、まだ汚染されていない安全な場所。。
広い空間の中で伸び伸び生活できる場所です。。。。

この世の地上のような理想の田舎、双葉町を失い、この3年半は、喪失感を味わった時でした。しかし、ジッとしていることもできないので、
南は、沖縄石垣島から、北は、北海道と全国旅行し、何千軒と物件を探しました。
そして、ようやく見つけた理想の田舎です。

夫婦共に、水・空気の汚れた、人の密集した都会は苦手です。
田舎では、元気いっぱいのうちの子供たちも、都会に遊びに連れて行くと
すぐ具合が悪くなるのは、幼い時からです。
原発事故後の放射能汚染された、今の東日本では、特に気をつけるべき事だと思い、
考えながら行動する必要を感じています。

双葉の家でしていたほとんどを新天地でやり直すことができるので、
すでに始めていることもありますが、この先が本当に楽しみです。

借り上げ住宅(仮設住宅)として、この3年半お借りした駐車2台スペースある4SLDKのこの一戸建て、
そして、何でも揃う便利な近所、歩いて5分で着く小学校、
温暖で一年中柑橘類が実る豊かな土地。。。
東海地区特有、人が多くゴミゴミ狭いという場所でもそれなりに暮らせていたので、
離れるのは名残り惜しいですが、やはり
生活に必要なものを自給自足したい私には、少し物足りなかったです。

そんなこんなで移住します。

ブログも(日々たくさんの来場者がいるようなので)
「浜通り」ではなくなるので、名前を変更?の予定ですが、でも書き続けます。
10年以上双葉での生活を綴った、我が家の大切な歴史なので。。
双葉の家の周辺風景は、雑草が伸びていますが、美しい澄んだ空は、変わりませんね。
↑クリックすると見られます。

今年も家族の健康を願いつつ、安全な食品を探しながら
良いことは、どこまでも追い、実行し、
否は否と表明し、断ち切りながら、
多くの人々と関わり、支え支え合い、生きていきたいと思っています。
どうぞ宜しくお願いします。

           愛理




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by dynabooksx | 2015-01-12 12:01 | 愛理の避難生活

我が家のニューフェイス

今日から、11月ですね。ブログ更新するの何ヶ月ぶりでしょうか?
近くのショッピングセンターにクリスマスツリーが飾られていて、季節の移り変わりを知ります。

こちらは、夏が長いので、今も日中は、半袖で過ごすときもあるし、
我が家の小学生組みは、12月まで一応半そで半ズボンの体操服通学と決められています。

ブログのタイトルにあるように浜通りに住んでいないから、と言うのもあるし、
ツイッターやfacebookばかり日々投稿していたので、ブログには、ほとんど手を入れていなかったのですが、
それでも訪れてくれる人が結構いるので、そろそろ、こちらに記事を書こうかな~とか。。

そうそう、ここでは、報告していなかった?ですが?
今年の1月に新しいメンバーが増えてにぎやかしくしています。
「双葉から避難していなかったら、出会えなかったね~
双葉では、もうひめにょんで終わり!って思っていたから」
と、産まれて今は、9ヶ月を迎えた次女に話しかけています。
私のこの歳になると体力的に厳しいときもあるのですが、かわいくて可愛くて♪
女の子は、何をしても可愛くて、お洋服もカワイイし。。良いですね!
ひめにょんも小さい頃から悪いことしても「可愛いカワイイ!」と怒っていたのですが、
またこの次女もかわいくて。。。男女同じ比率になって、仲良しの我が家です(笑)

ツイッターは140文字制限、facebookもまたすこし違うので、久しぶりに記事を書くと新鮮です。

少し、次女ちゃんの画像載せておきます♪

*土佐から送られてきた生姜の茎が、今のところ、歯がために丁度良いみたい。
からだもぽかぽかするし(笑)
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日々、ぷくぷくむちむちまんま~るく成長している、健康優良乳児ちゃんです。
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生後九ヶ月記念日。
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兄弟姉妹4人で嬉しいね~
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生後一ヶ月記念日。
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by dynabooksx | 2013-11-01 22:30 | 愛理の避難生活

 新年迎えてずいぶん経ってしまいましたが、色々と忙しくてこちらのブログの更新をおこたっていました。
でも、年賀状のせいなのか、新年に入ってぐ~んとまた訪れてくれる人が増えているようで♪
私たちに関心を持ってくださってありがとうございます!
この年も心も身体も健康で、日々過ごされますように、心より祈りつつ。。。。


最近、今までにないすばらしいメッセンジャーに出会いました。
このブログの著者は、女性の方です。メールでやり取りしながら、貴重な情報をいただいています。
どの聖書のメッセージも、この地上のリアルな問題と少しも狂いない素晴らしい内容です!
ぜひ、ひとつひとつ味わいながら読んでみてください!
めんどり通信
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by dynabooksx | 2013-01-09 20:16 | 愛理の避難生活

 昨夜、久しぶりに双葉から避難する際、早々に持ち出した、双葉で食べていた米を炊いて食べました。
双葉郡の米といえば、日本有数の米どころ新潟の米と変わらない、甘くてもちもち冷めても美味しいお米。
「死ぬ間際には、もう2度と手に入れることが出来ない、双葉の米を食べて死にたい。」
と今まで保存してあり、まだ少し残してあります。

炊き上がって、いざ食べようとワクワクしてご飯を口に。。。!?
なんと残念な事に、私の知っていた双葉の米とは全く違い、美味しくなかった。
1年8ヶ月保存していた為、ほこりっぽい匂いがつき、しかも精米した白米状態で保存だったので、なんだか味が抜けて、パサパサ。。。

たかが米?いえ、この双葉の米はもう2度とあの大地では作ることが出来ない幻の米。
双葉の人の命をささえ、成長させ、心を豊かにしてくれた米。
それが、もう以前の味ではなくなっていた。。。

旧約聖書出エジプト記には、イスラエルの人々に食料として、神さまが日々天から降らせてくれたマナ、安息日前には多くとっても良いが普段は日々必要な分だけをとって食べなさいと言われていたマナ。
欲張って多く残しておくと、虫が付いて臭くなった、天からのパン、マナの事が残されていますが。。
私もマナを欲張って残しておいた人のような気持ちを味わいました。

「そうか。。もう次に進まなければいけないんだ。思い出に生きるのではなく、もっと今を大切にすることなんだ。いよいよ、あきらめなければいけないんだ。。」とおもいました。

私達は、早々に福島県を出ました。
順調に避難生活は過ごす事が出来ましたが、思い出すのは、やはり地上の天国のような大自然の美しい双葉。自然の満ち溢れた双葉、青い広い広い空と透きとおったしかし白波激しい海、
豊かな実りを与え続けてくれた大地、水!
双葉。
東京生まれで東京で育った私(愛理)にとって、双葉はそれまで経験した事が無い、自然の大きなふところに抱かれて過ごす事ができた地上の天国のような日々でした。
呪われた原発がある事を思い出すことが無いぐらい。

突然の避難。とにかく危険なところから離れなくてはいけなかった、
何故、双葉なんだろう?何で双葉に原発があったのだろう?。。
大きな喪失感を味わいました。

避難してしばらくは、放射能汚染されていても歳をとったら必ず戻るんだと思っていたのですが、
事態はそんなに甘いものではなかった。
あと数百年は人はまともに住めない、大変な土地になってしまったことをようやく理解。
ようやく、あきらめることができました。

最近、こういうちょっとした出来事を通して、双葉での生活の数え切れない幸せだった事を
思い出として扱うことが出来るように。



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by dynabooksx | 2012-11-14 03:46 | 愛理の避難生活

今回の旅で「八重山平和祈念館」というところに行って来ました。
ここは、
「戦争マラリア」の実相を後世に正しく伝えると共に、人間の尊厳が保障される社会の構築と、八重山地域から世界に向けて恒久平和の実現を訴える「平和の発信拠点」の形成を目指す。
という目的のために建てられた所です。
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~班那(バンナ)の森にて~
上の慰霊石碑にもありますが、「戦争マラリア」とは、太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)に、沖縄県八重山郡の住民が、日本軍の命令によりマラリア有病地帯へ強制疎開させられ、多くの方がマラリアにかかり、3647名が亡くなった出来事をいいます。(羅患者は全人口の54パーセント、死亡者は全人口の10.4パーセント)
沖縄戦当時米軍上陸がなかった八重山の島々において、健康な島民達を日本軍の無知で浅はか、自己中心、愚かさから、マラリア有病地域にわざと強制避難させたという、非情で悲惨な過酷戦争体験は、遺族にとって重く忌まわしい事件として語り継がれてきたそうです。
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~班那(バンナ)の森にて~
戦争という国が大混乱した時とはいえ、同じ人間をこのような目に合わせる、そんな酷いことがあったのかと、平和ボケしている私はもちろん知らないことで、それを知り、胸が痛くて涙の止まらない祈念館見学の時でした。

*波照間島できいたはなし*
日本の敗戦が濃厚となり、米軍の矛先が沖縄に向けられた1945年3月末の事です。波照間島では日本軍の作戦で、全住民に西表島への集団疎開が命令されました。その指揮は、軍の特務機関から学校の指導者として派遣されていた山下(偽名)という軍曹によってなされました。
島民は、軍の命令直下で日ごろの態度を一変させ、住民の意見を無視して軍刀を振り回し、強制疎開を命令している山下の姿をみて驚きました。
日本軍の内に秘められた真の恐ろしさを見せつけられたのです。
日本軍は、住民を疎開させる一方西表島へ運べない牛馬、ヤギなどの家畜を、米軍の食料になるおそれがあるという名目で徴用し、自軍の食料として確保しました。のちに、波照間島住民への強制疎開は、日本軍の差し迫った食料問題を解決する為にとられた作戦だったといわれるゆえんです。
波照間島を追われ、西表島へ渡った人々の生活は悲惨です。食料難とマラリアに苦しめられ、多くの犠牲者を出したのです。強制疎開後5ヶ月目、食料は底をつき、マラリアは蔓延し、疎開者の生活は極限に達していました。

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『忘勿石 ハテルマ(波照間) シキナ(敷名)』
「この石ワスルナカレ(忘勿石) ハテルマ シキナ」と読むそうです。
波照間島から強制集団疎開をさせられた人々は、「同じ死ぬなら、ふるさと波照間島で」と、悔しさと無念悲しさを胸に亡くなって逝ったそうです。

原発避難している私も何か近いものを感じました。いや、「戦争マラリア」で亡くなった方々がどれだけ辛く悲しく死ぬ思いだったのだろうと推測さえする事が申し訳けなくなるおもいですが。。。
「戦争でマラリア」で亡くなった方々は、戦後50年経ってやっと戦中日本軍の大きな罪と認められ、亡くなった霊は慰められ、祈念館、慰霊碑建立など公に知られるようになったのです。

終戦記念日を前に、日本国中を悪魔が悲しみと大きな罪でおおった戦争、忘れない二度と繰り返さないという強い意志をもち続けたいです。
なお、戦後米軍が徹底した駆除を行った結果、マラリア原虫を持つハマダラカは、日本からは、いなくなりました。しかし、いまだにこのマラリアに感染し苦しんでいる人々の多くいる国もあります。

~ブログにでてくる途中の文は「八重山平和祈念館」で頂いたプリントより載せました~
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by dynabooksx | 2012-08-10 23:56 | 愛理の避難生活

ツイッターで大変興味深い出会いがあった。ある方を通してこの2冊の歴史書を送って頂いた。
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↑この歴史をまとめられたのは、北陸は富山県の真宗大谷派大福寺住職であり、日本民藝協会常任理事、となみ民藝協会会長をされている太田浩史(おおた・ひろし)氏です。

♪ほんの一部内容をご紹介します♪
天明の大飢饉からはじまった双葉郡への移民。相馬中村藩主が積極的に北陸からの真宗移民を受け入れる政策を推進した事が大きいが、温厚で親切な双葉郡の住民、冬に温暖で雪の少ない双葉郡は、移住先としてはとても人気があったそうです。

双葉町に富山柿(富有柿)が多いのは、北陸からの移民が生の大根に枝を挿して持ち込み、それが多く根付いた事によるそうです。

「お殿様が土地をくれてやっても、水はやらない。。」その他移民に対して、地元民の心無い偏見差別なども残念ながらあった事。

相馬藩は土葬の習慣だったが真宗移民は火葬だった。移民が土着するにつれて、地元民移民との結婚も進んだが「あの家さ嫁に行って、死んだら、身体焼かれっちまうからやんだ。。」という女子もいたという。

二宮金次郎が相馬藩復興の際に、行動力ある最強のアドバイザーであり、救世主的役割をした事なども詳しく書かれています。


などなど、先祖達のぬくもりを近くに感じるような、その息遣いを聴く事が出来るような、素晴らしい歴史書です。この避難している時に出会えた事が偶然とは思えませんでした。
ありがたいことに、興味のある方には、この歴史書を送ってくださるという事です。もし読んでみたいと言う方は、ブログからメールでも良いですし、直接私に連絡を下さい♪

*ちなみに廣田家は、古くからの地元民で移民にも色々と良いお世話をしてきたようです。
享年105歳で無くなった潤身おじいちゃんの奥さん(ばあちゃん)の家は、北陸からの移民の家系だったと聞きました。人間の出会いは本当に不思議ですね♪

太田先生は、この歴史書の最後に
~2011年9月28日、相馬移民200年門徒交歓会を終えて 「この書を原発事故被災地の土徳復興に捧ぐ」と書き記されています~
約200年前の、さらにもっと前の先祖達の双葉郡でのあゆみ。
奇しくも相馬野馬追がはじまる熱い夏、
先祖達のたくましく、苦労と血と汗、涙多い、しかし生きる事をもっとも大切にした姿に、避難している私達も学ぶ事が多くある!そんな力の源を見つけたと感じました。

この出会いに心から感謝しつつ。。。
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by dynabooksx | 2012-07-21 22:49 | 愛理の避難生活

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前回の一時帰宅でもアップしましたが、先日3月の一時帰宅で撮ってきた現在のお墓です。造花ですがお華と線香を手向けてあります。墓石が奇跡的に落ちないで残っています。

*かなり久しぶりの更新となりました。ツイッターでは日々画像、ツイートなど高速更新中ですが。
長男光希は中学生、知希は5年生、ひめにょんは2年生に無事入学・進級いたしました♪
私たち夫婦も毎日あれこれと忙しく過ごしています。
新しいスタートの春、皆さんもどうぞお元気でお過ごし下さい。
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by dynabooksx | 2012-04-11 19:40 | 愛理の避難生活

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ラジオニッポン放送「みんなの作文」で昨年、国土交通省大臣賞を頂いたうちの長男の作文の放送日です。
平成24年1月19日(木)20:00〜20:30
*インターネットのラジコ(radiko.jp)でもネット環境により聴く事が可能だそうです♪

首都圏関東圏で、聴くことが出来るようです。ぜひ~♪( 〃▽〃)
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by dynabooksx | 2012-01-13 10:00 | 愛理の避難生活

今夜は坦々鍋♪

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こちらは、野菜が安くて、大量で新鮮!育ち盛りの子どもを三人も抱えているので農業王国愛知県は、本当に有難い避難地です。
今晩は、水菜、白菜、ニンジン、長ネギ、豆腐、鱈(ロシア産)、豚肉、豚挽き肉で作ったしょうがたっぷりの肉みそで担々鍋。
安値で購入出来た西の方のカキと辛子明太子が、昆布のスープにこくを出します(*^o^*)
身体あったまるよね♪感謝していただきま~す!
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by dynabooksx | 2012-01-08 18:34 | 愛理の避難生活

年賀状ありがとうございました。
新年を迎えてしまいましたが、ただ今、まだ作成中ですので、直接賀状を送らない方にも私たちの近況がわかると良いなあと思い、ブログに載せます。
双葉町にいた時のようにまた皆さん遊びに来てくださいね~♪
幸せの多い、一日一日希望を見い出して生きる年となりますように。。

新居の私の台所です♪高さが少し高めで、私の身長にぴったりです。ありがたい~
スーパーも近くて、小学校も半年暮らしたマンションより近くなり、近所の子供達とみんなで登校してます。
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リビングでなるべく家族みんなが集まって過ごせるように、ダイニングテーブル&チェアと支援品でもらったこたつを置いてあります。小学校から帰ってきたら隣の支度部屋に荷物を置いて、ココで勉強したりおやつ食べてます。
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うちの自転車君念願のローラールームも出来ましたよ。
双葉の家では広い玄関スペースで昼夜問わずに、好きなだけ乗れていましたからね。
ようやく10ヶ月ぶりに心置きなく、朝に夜にのり続けてます。
なかなかもとのように広々と自由な生活はできないですけどね。
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良かったね~自転車のってれば身体も心も健康なんだね、この人は。。

玄関もなかなか使いやすいですよ。双葉の家よりはかなり狭いけど、これはしょうがないですね。
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*すいません、何故か画像が横になってしまった。携帯撮影だからかな。。

家族5人元気で、新年迎えても、明るくうるさく暮らしてます。
またお会いできるのを楽しみにしてます~♪
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by dynabooksx | 2012-01-05 17:29 | 愛理の避難生活

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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