カテゴリ:愛理の避難生活( 80 )
迎春
ご無沙汰しています、愛理です。
新年を迎え、最初の3連休の最後の日、いかがお過ごしですか?

昨年2014年は、我が家にとってこの約4年間の原発避難生活のターニングポイントとなる、出会いと出来事がたくさんありました。
日々ツイッター、FBなどで細々書いていたり、親しい家族や友達は、知っていることなのでここでは、詳しく書きませんが。

簡単に報告するなら、4月から新天地で暮らします。家計を支える新しく始めた事業も順調。と言うことです。

2011・3・11より、東京電力による原発事故の為、避難生活が始まりました。
自然の美しいこの地上の天国のような場所を追われ、まずは、子供たちの学校生活など変化を与えたくなかったのと、
放射能汚染被曝対策の為に暮らした愛知県。

愛知県在住の私の両親に、震災後無事を見せたくて、そして更に西へ避難する前、
立ち寄っただけだったのですが、
人々が明るく親切、あったかい人々ばかり、
特に子供たちの学校の先生、お友達、家族が良くて、
結局、愛知県で避難生活することになりました。

子供たち誰もが良いお友達にめぐまれて、
今は、道で会うと「引っ越しちゃうんだってね~」と涙ぐんでくれるほど、仲良しがたくさんできたので、
愛知県を離れるのがとても悲しくなっているのも正直な気持ちです。

新天地は、いわゆる田舎ですが、
学校スーパー生活必需施設が徒歩圏内にある便利な田舎、大自然の美しさを四季を通して肌で感じられる素敵な所、とある城下町です。
浜通りのように雪が降らない(近年は雪降水量が増えているようですが)、夏涼しい、生活の多くを自給自足できる場所。
そして、水道水・土壌検査済みで、まだ汚染されていない安全な場所。。
広い空間の中で伸び伸び生活できる場所です。。。。

この世の地上のような理想の田舎、双葉町を失い、この3年半は、喪失感を味わった時でした。しかし、ジッとしていることもできないので、
南は、沖縄石垣島から、北は、北海道と全国旅行し、何千軒と物件を探しました。
そして、ようやく見つけた理想の田舎です。

夫婦共に、水・空気の汚れた、人の密集した都会は苦手です。
田舎では、元気いっぱいのうちの子供たちも、都会に遊びに連れて行くと
すぐ具合が悪くなるのは、幼い時からです。
原発事故後の放射能汚染された、今の東日本では、特に気をつけるべき事だと思い、
考えながら行動する必要を感じています。

双葉の家でしていたほとんどを新天地でやり直すことができるので、
すでに始めていることもありますが、この先が本当に楽しみです。

借り上げ住宅(仮設住宅)として、この3年半お借りした駐車2台スペースある4SLDKのこの一戸建て、
そして、何でも揃う便利な近所、歩いて5分で着く小学校、
温暖で一年中柑橘類が実る豊かな土地。。。
東海地区特有、人が多くゴミゴミ狭いという場所でもそれなりに暮らせていたので、
離れるのは名残り惜しいですが、やはり
生活に必要なものを自給自足したい私には、少し物足りなかったです。

そんなこんなで移住します。

ブログも(日々たくさんの来場者がいるようなので)
「浜通り」ではなくなるので、名前を変更?の予定ですが、でも書き続けます。
10年以上双葉での生活を綴った、我が家の大切な歴史なので。。
双葉の家の周辺風景は、雑草が伸びていますが、美しい澄んだ空は、変わりませんね。
↑クリックすると見られます。

今年も家族の健康を願いつつ、安全な食品を探しながら
良いことは、どこまでも追い、実行し、
否は否と表明し、断ち切りながら、
多くの人々と関わり、支え支え合い、生きていきたいと思っています。
どうぞ宜しくお願いします。

           愛理




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by dynabooksx | 2015-01-12 12:01 | 愛理の避難生活
ありがとうございます。
 このブログは、長女ひめにょんが産まれて、次の月の5月、2004年の5月からはじめました。
10年たって色々変わり、大好きな浜通りに住んでいなかったり、あまり面白い記事を投稿できていませんが、
それでもなおこのブログを通じて、私達の生き様に触れて下さる方々がいることに、感謝しています。
歴史も長く、真実も多いことから、影響力も大きいので、いくつか記事を非公開にしております、
どうぞご了承ください。
これからも、ブログを通じて、日本中で、世界中でつながっていられることを嬉しくありがたく思います。
また、リアルでお会いできる日を楽しみにしつつ。。。
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by dynabooksx | 2014-02-01 00:10 | 愛理の避難生活
我が家のニューフェイス
今日から、11月ですね。ブログ更新するの何ヶ月ぶりでしょうか?
近くのショッピングセンターにクリスマスツリーが飾られていて、季節の移り変わりを知ります。

こちらは、夏が長いので、今も日中は、半袖で過ごすときもあるし、
我が家の小学生組みは、12月まで一応半そで半ズボンの体操服通学と決められています。

ブログのタイトルにあるように浜通りに住んでいないから、と言うのもあるし、
ツイッターやfacebookばかり日々投稿していたので、ブログには、ほとんど手を入れていなかったのですが、
それでも訪れてくれる人が結構いるので、そろそろ、こちらに記事を書こうかな~とか。。

そうそう、ここでは、報告していなかった?ですが?
今年の1月に新しいメンバーが増えてにぎやかしくしています。
「双葉から避難していなかったら、出会えなかったね~
双葉では、もうひめにょんで終わり!って思っていたから」
と、産まれて今は、9ヶ月を迎えた次女に話しかけています。
私のこの歳になると体力的に厳しいときもあるのですが、かわいくて可愛くて♪
女の子は、何をしても可愛くて、お洋服もカワイイし。。良いですね!
ひめにょんも小さい頃から悪いことしても「可愛いカワイイ!」と怒っていたのですが、
またこの次女もかわいくて。。。男女同じ比率になって、仲良しの我が家です(笑)

ツイッターは140文字制限、facebookもまたすこし違うので、久しぶりに記事を書くと新鮮です。

少し、次女ちゃんの画像載せておきます♪

*土佐から送られてきた生姜の茎が、今のところ、歯がために丁度良いみたい。
からだもぽかぽかするし(笑)
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日々、ぷくぷくむちむちまんま~るく成長している、健康優良乳児ちゃんです。
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生後九ヶ月記念日。
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兄弟姉妹4人で嬉しいね~
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生後一ヶ月記念日。
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by dynabooksx | 2013-11-01 22:30 | 愛理の避難生活
井戸川元町長より拡散希望だそうです!
井戸川双葉町町長への手紙
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by dynabooksx | 2013-02-15 00:21 | 愛理の避難生活
2013年 明けましておめでとうございます!
 新年迎えてずいぶん経ってしまいましたが、色々と忙しくてこちらのブログの更新をおこたっていました。
でも、年賀状のせいなのか、新年に入ってぐ~んとまた訪れてくれる人が増えているようで♪
私たちに関心を持ってくださってありがとうございます!
この年も心も身体も健康で、日々過ごされますように、心より祈りつつ。。。。


最近、今までにないすばらしいメッセンジャーに出会いました。
このブログの著者は、女性の方です。メールでやり取りしながら、貴重な情報をいただいています。
どの聖書のメッセージも、この地上のリアルな問題と少しも狂いない素晴らしい内容です!
ぜひ、ひとつひとつ味わいながら読んでみてください!
めんどり通信
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by dynabooksx | 2013-01-09 20:16 | 愛理の避難生活
家は建つもの!
 震災以前から私達夫婦は、
「家は自分達で建てる事はないね。賃貸で良い。それとか中古の家で良い。家と云うのは建つものだから。」
そしてたとえ家を購入できる収入があったとしても、家を新しく建てる事はない。
それはこの震災後も、双葉から避難している生活でも、今後も家を建てる事はない。
とお互い理解しています。

どこに期待しているのか?と言えば、
この短い地上の生活を終えた後、永遠に続く天国に神さまが一番良い家を用意して待って下さっているから。という超単純な理由です。
この地上で自分の暮らしている環境を天国のように生きられない人は、本当の天国に行った時さぞかし暮らしにくいところだろう、地獄の方が快適かもしれないとある人は言っていましたが。。。

私達には、日々生きるのに必要なものは、神様が何一つ足りないものなく、用意してくださっている、足りないものは、すでに用意して下さる、そういうことを震災前も震災後も実感する毎日です。

もちろん生きるのに必要なだけのお金は必要で、子供がある程度の歳に成った時、
自由に移住したり、体験したり学ぶ為に使えるお金を残して置く事を、親なので当たり前にしてあげたいと思うし、原発事故の為に避難生活していようと、どこで暮らしていようと、自分の周囲に助けが必要な人がいればすぐにお手伝いできるように、生きることさえゆるされない様な海外の貧困に苦しむ子供が居るとわかればそこに必要なものを送れる、その為にきちんとためていたものがある、そういう自由な生き方でいたいです。



家を建てるというのは、ていの良い借金を負わされるという認識です。
(うちはテレビを捨てたのでおかしい情報に洗脳される危険は無いのですが)
マスコミなど日本の情報操作の恐ろしさは、すごいですね。
家についてだけでも、
家に対する夢を持たせ、膨らまさせ、家を持たないと何か悪いような、遅れるような、人より劣るような、財産としての家を持てば安心できるという偽りの妄想を抱かせ、自分の家では主人(あるじ)でいられるとどこまでも欲を膨らまさせ、最終的に欲の結晶家を建てさせたら大成功!
真面目で働き者の私達日本人は、一生何故かわからないが金を搾り取られる。
大手ゼネコン・政府・原子力ムラの連中にどこまでも支配され続けます。
操られている事にはやく気が付かれると良いと思います。

今回の震災で家が財産ではなく、負債になってしまったという事実があります。
私の周囲の(原発事故警戒区域内の)人々の話ですが。。。。
震災の日の午後に新築された家の引渡しがあった、
新築してから間もなかった、
リフォームして綺麗にしたばかりだった,など等大変な状況です。
その家のローンは、住んでいないのに払い続けているのだそうです。
そんなおかしな話通用するのか?!って思いますけど、実際月々の負債を、借金を払い続けているのです。
汚染されて、もう家として人が住めない、住むのに危険な家なのに、毎月ローンを払い続けているのです。
復興金無駄に使っているなら、緊急にこういう人たちが他の場所でやり直し出来るように、もう少し救済する必要があると思います。背負っているものがあまりにも多額過ぎます。

警戒区域内だけでなく、放射能で汚染された地域(東北・関東・東京)の家は、
賢い先見の明がある人はとっくに手放して避難。しかし、手放しても汚染されているので買い手がなかったり。
家を建ててしまった為に汚染されていても暮らすしかなく、避難したくてもできない。
もっと広く言えば海外から日本の不動産・土地を評価すると、放射能汚染された事でほとんど価値がなくなっているのではないでしょうか?



実は、うちの長男君の将来の夢は「大工さん」。ずっと小さい時から何故か言い続けています。双葉の大自然の中で暮らし、福島県の豊かな自然の山・森林の良さを知って育ったからでしょう。
(私は「お母さんたちの家は、要らないからね。」と言ってますけど。)
ツイッターでこの事を知った住宅関係の指導者の方が
『それはすばらしいですね!人が生活する空間を如何に快適な場所にするか。腕のいい大工さんは家を「造る」のではなく家を「創り」ます。そんな職業が夢だというご長男は優しいお子さんなんですね。』とコメントを下さった。


その人の中心に神さまへのおもい、神様のおもいを知り、意識しながら祈り感謝して生きる事が柱として建てられている生活がある。そうしているとお互いを大切にする事がわかり、生きる意味がわかる。
神様とその人の関係が修復された後、家族の生きる方向が定まって、自然に家は建つものなのだと。
またまた、超簡単に言ってしまうと、家を建てる事が悪いのではなく、順番ということでしょうか。



昨年長男が作文でもらった国土交通大臣賞の内容も震災前、私達が暮らしていた双葉町の古いシロアリだらけの大きな家について書いたものでしたが、そこでの私たち家族の営みが評価され、裏山の木を切り出して約40年以上前に建てられた家を綺麗にメンテナンスしながら大切に暮らしていたという生活のおもいが、
この国の天下りで金と名誉にしか興味が無いような人々の心にも響いたのだとおもいます。
でも、ほんと家は、人が住んで居ないとダメになりますね。
警戒区域になってから行く度に形はしっかりしていても、空気が入れ替わらないから劣化していく。
すっかり汚染された家を見る度、みんなが楽しく暮らした古い家に数時間だけ滞在する度に劣化。
この地上にあるものは、いずれ朽ちて滅びるんだなとわかる気がします。



「大工さん」といえば、神が人の形をとってこの地上で生活していた時は、貧しい百姓大工だったことを思う。
救い主イエス・キリストが神が語れという時がまで、大工として日々の生活を送っていたことを思う。
。。。40年以上かかって建てられた神殿を「三日で建て直す!」とか「天に家を用意しに行く」、「砂地に建てられた家、岩地に建てられた家」のたとえ話。その他聖書を読むとイエス・キリストが大工として人間の営みをしたのだな~と生活に密着した話しをするんだな~としみじみする。



農耕民族の日本人は、日本の土地が狭いと言う事もあって、自分の土地だと思えば大切にし、そこに土着し先祖代々暮らすという生活が私達のDNAに組み込まれている。
アメリカ・ヨーロッパ等狩猟民族だった国の人間は、子供が大きくなれば、仕事が変われば、家が気に入らないとあっさり土地を離れ、家もより住み易い所に引っ越すことが当たり前。未練などなく、個人主義自由主義のまま我がままに消費・使い捨てを繰り返す生活をしている、なので、原発のような核エネルギーにまで頼らなければまかないきれないような生活になってしまうのだろう。

日本は、元来狭い土地の中で、ものを大切に、自然に感謝しながら、あるもので工夫しながら生きてきたので、本当は原発など必要のない民族だった。日本に54基も原発があり、どこからかミサイル一発着弾すれば、地震大国日本のどこにでも原発があり、地震が起きると壊れる可能性のある原発がある、次に原発が稼動されていようとなかろうと原子炉が壊れれば、本当に日本は終わり。日本国民すべて国外に避難しなければいけなくなるでしょう。戦後アメリカの奴隷として騙され続けてしまった日本の無残な姿、否は否、ならぬものはならぬという事を実行できないで、流されてきてしまった悲しい日本の真の姿です。


テレビや情報垂れ流しで洗脳しようとする事柄をきちんと見分けて、
今、いる場所で何をするのか?
今、あるものを感謝して、命に感謝する。
人間は今日しか生きられない、必要以上に不安にならず、
1日いちにちを生きてほしいと思います。


新約聖書ルカ福音書12章15~34節
それから人々にむかって言われた、「あらゆる貪欲(どんよく)に対してよくよく警戒しなさい。たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである」。

そこで一つの譬(たとえ)を語られた、
「ある金持の畑が豊作であった。
そこで彼は心の中で、『どうしようか。わたしの作物をしまっておく所がないのだが』と思いめぐらして
言った、『こうしよう。わたしの倉を取りこわし、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や食糧を全部しまい込もう。そして自分の魂に言おう。たましいよ、おまえには長年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ、食え、飲め、楽しめ』。
すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』。
自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」。

それから弟子(でし)たちに言われた、「それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようかと、命のことで思いわずらい、何を着ようかとからだのことで思いわずらうな。
命は食物にまさり、からだは着物にまさっている。

からすのことを考えて見よ。まくことも、刈ることもせず、また、納屋もなく倉もない。
それだのに、神は彼らを養っていて下さる。あなたがたは鳥よりも、はるかにすぐれているではないか。
あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
そんな小さな事さえできないのに、どうしてほかのことを思いわずらうのか。
野の花のことを考えて見るがよい。紡ぎもせず、織りもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
きょうは野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。

ああ、信仰の薄い者たちよ。

あなたがたも、何を食べ、何を飲もうかと、あくせくするな、また気を使うな。
これらのものは皆、この世の異邦人が切に求めているものである。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要であることを、ご存じである。

ただ、御国(みくに)を求めなさい。そうすれば、これらのものは添えて与えられるであろう。

恐れるな、小さい群れよ。御国(みくに)を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。

自分の持ち物を売って、施しなさい。自分のために古びることのない財布(さいふ)をつくり、盗人(ぬすびと)も近寄らず、虫も食い破らない天に、尽きることのない宝をたくわえなさい。

あなたがたの宝のある所には、心もあるからである。
アーメン



*何を食べる、何を飲む。。気にするなとありますが、放射能汚染された日本では、
汚染されていない食材や食品を摂取できるように、努力する必要はあると思います。
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by dynabooksx | 2012-11-27 10:14 | 愛理の避難生活
ネット署名をお願いします!
【大緊急署名】>福島原発事故による避難者の住宅支援新規受付を打ち切らないで!↑クリックすると署名画面に移ります。


とっても簡単なネット署名です。

福島県内で甲状腺がんの疑いのある子供が数名見つかりました。
福島県内は子供や妊婦さん、もちろん大人も暮らし続けるには、危険!
人間が放射能汚染まみれの中で暮らす、人類はじめての実験地のような事になっています。

避難の為に県内もしくは、県外の汚染の低い場所に避難できるよう。
子供達が放射能から守られて、健やかに成長できるように。

今は、大丈夫だと避難しない人もいるかもしれませんが、いずれ
これから健康被害が目に見えて出てくるでしょう。そのときすぐに避難できるように!

民間賃貸借り上げ住宅の新規受付を本当に原発が収束できるその日まで、できるように、
ご協力下さい。
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by dynabooksx | 2012-11-20 16:00 | 愛理の避難生活
号外!
先日避難を勧めたばかりですが、いよいよ、愛知県も福島県の命令で新規の福島県避難者を受け入れやめるようです。

東日本大震災 被災地支援等に関する情報
新規の民間住宅借り上げ住宅制度、
平成24年12月28日で受付を終了。

福島県、本当に福島県民を追い詰め、被曝しに帰って来いという事でしょうか?
少なくとも、うちの家族は、帰ることは、無いですね。
放射能汚染された東日本、被曝しに帰るという自殺行為をして誰が喜ぶのでしょう?

私が、先日、避難を勧めたのですが、状況が変わってしまった為、ご報告しておきます。
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by dynabooksx | 2012-11-16 15:30 | 愛理の避難生活
ようやく、あきらめられた
 昨夜、久しぶりに双葉から避難する際、早々に持ち出した、双葉で食べていた米を炊いて食べました。
双葉郡の米といえば、日本有数の米どころ新潟の米と変わらない、甘くてもちもち冷めても美味しいお米。
「死ぬ間際には、もう2度と手に入れることが出来ない、双葉の米を食べて死にたい。」
と今まで保存してあり、まだ少し残してあります。

炊き上がって、いざ食べようとワクワクしてご飯を口に。。。!?
なんと残念な事に、私の知っていた双葉の米とは全く違い、美味しくなかった。
1年8ヶ月保存していた為、ほこりっぽい匂いがつき、しかも精米した白米状態で保存だったので、なんだか味が抜けて、パサパサ。。。

たかが米?いえ、この双葉の米はもう2度とあの大地では作ることが出来ない幻の米。
双葉の人の命をささえ、成長させ、心を豊かにしてくれた米。
それが、もう以前の味ではなくなっていた。。。

旧約聖書出エジプト記には、イスラエルの人々に食料として、神さまが日々天から降らせてくれたマナ、安息日前には多くとっても良いが普段は日々必要な分だけをとって食べなさいと言われていたマナ。
欲張って多く残しておくと、虫が付いて臭くなった、天からのパン、マナの事が残されていますが。。
私もマナを欲張って残しておいた人のような気持ちを味わいました。

「そうか。。もう次に進まなければいけないんだ。思い出に生きるのではなく、もっと今を大切にすることなんだ。いよいよ、あきらめなければいけないんだ。。」とおもいました。

私達は、早々に福島県を出ました。
順調に避難生活は過ごす事が出来ましたが、思い出すのは、やはり地上の天国のような大自然の美しい双葉。自然の満ち溢れた双葉、青い広い広い空と透きとおったしかし白波激しい海、
豊かな実りを与え続けてくれた大地、水!
双葉。
東京生まれで東京で育った私(愛理)にとって、双葉はそれまで経験した事が無い、自然の大きなふところに抱かれて過ごす事ができた地上の天国のような日々でした。
呪われた原発がある事を思い出すことが無いぐらい。

突然の避難。とにかく危険なところから離れなくてはいけなかった、
何故、双葉なんだろう?何で双葉に原発があったのだろう?。。
大きな喪失感を味わいました。

避難してしばらくは、放射能汚染されていても歳をとったら必ず戻るんだと思っていたのですが、
事態はそんなに甘いものではなかった。
あと数百年は人はまともに住めない、大変な土地になってしまったことをようやく理解。
ようやく、あきらめることができました。

最近、こういうちょっとした出来事を通して、双葉での生活の数え切れない幸せだった事を
思い出として扱うことが出来るように。

天の神様は、双葉で間違いなく、私を生かし、導き、守ってくださったように、
この避難生活の間も、そして次につながるこれからも、少しも変わらないんだと確信しています。

ハレルヤ♪
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by dynabooksx | 2012-11-14 03:46 | 愛理の避難生活
「戦争マラリア」という言葉を知っていますか?
今回の旅で「八重山平和祈念館」というところに行って来ました。
ここは、
「戦争マラリア」の実相を後世に正しく伝えると共に、人間の尊厳が保障される社会の構築と、八重山地域から世界に向けて恒久平和の実現を訴える「平和の発信拠点」の形成を目指す。
という目的のために建てられた所です。
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~班那(バンナ)の森にて~
上の慰霊石碑にもありますが、「戦争マラリア」とは、太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)に、沖縄県八重山郡の住民が、日本軍の命令によりマラリア有病地帯へ強制疎開させられ、多くの方がマラリアにかかり、3647名が亡くなった出来事をいいます。(羅患者は全人口の54パーセント、死亡者は全人口の10.4パーセント)
沖縄戦当時米軍上陸がなかった八重山の島々において、健康な島民達を日本軍の無知で浅はか、自己中心、愚かさから、マラリア有病地域にわざと強制避難させたという、非情で悲惨な過酷戦争体験は、遺族にとって重く忌まわしい事件として語り継がれてきたそうです。
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~班那(バンナ)の森にて~
戦争という国が大混乱した時とはいえ、同じ人間をこのような目に合わせる、そんな酷いことがあったのかと、平和ボケしている私はもちろん知らないことで、それを知り、胸が痛くて涙の止まらない祈念館見学の時でした。

*波照間島できいたはなし*
日本の敗戦が濃厚となり、米軍の矛先が沖縄に向けられた1945年3月末の事です。波照間島では日本軍の作戦で、全住民に西表島への集団疎開が命令されました。その指揮は、軍の特務機関から学校の指導者として派遣されていた山下(偽名)という軍曹によってなされました。
島民は、軍の命令直下で日ごろの態度を一変させ、住民の意見を無視して軍刀を振り回し、強制疎開を命令している山下の姿をみて驚きました。
日本軍の内に秘められた真の恐ろしさを見せつけられたのです。
日本軍は、住民を疎開させる一方西表島へ運べない牛馬、ヤギなどの家畜を、米軍の食料になるおそれがあるという名目で徴用し、自軍の食料として確保しました。のちに、波照間島住民への強制疎開は、日本軍の差し迫った食料問題を解決する為にとられた作戦だったといわれるゆえんです。
波照間島を追われ、西表島へ渡った人々の生活は悲惨です。食料難とマラリアに苦しめられ、多くの犠牲者を出したのです。強制疎開後5ヶ月目、食料は底をつき、マラリアは蔓延し、疎開者の生活は極限に達していました。

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『忘勿石 ハテルマ(波照間) シキナ(敷名)』
「この石ワスルナカレ(忘勿石) ハテルマ シキナ」と読むそうです。
波照間島から強制集団疎開をさせられた人々は、「同じ死ぬなら、ふるさと波照間島で」と、悔しさと無念悲しさを胸に亡くなって逝ったそうです。

原発避難している私も何か近いものを感じました。いや、「戦争マラリア」で亡くなった方々がどれだけ辛く悲しく死ぬ思いだったのだろうと推測さえする事が申し訳けなくなるおもいですが。。。
「戦争でマラリア」で亡くなった方々は、戦後50年経ってやっと戦中日本軍の大きな罪と認められ、亡くなった霊は慰められ、祈念館、慰霊碑建立など公に知られるようになったのです。

終戦記念日を前に、日本国中を悪魔が悲しみと大きな罪でおおった戦争、忘れない二度と繰り返さないという強い意志をもち続けたいです。
なお、戦後米軍が徹底した駆除を行った結果、マラリア原虫を持つハマダラカは、日本からは、いなくなりました。しかし、いまだにこのマラリアに感染し苦しんでいる人々の多くいる国もあります。

~ブログにでてくる途中の文は「八重山平和祈念館」で頂いたプリントより載せました~
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by dynabooksx | 2012-08-10 23:56 | 愛理の避難生活
  

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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