カテゴリ:地震、原発関連( 41 )

久しぶりの一時帰宅

何年ぶりでしょうか。原発事故により避難区域になっている自宅へ一時帰宅をしてきました。
今回は両親の予定に便乗したついでに、トラックを使って大物を運び出そうと卓球台や豆トラを長野まで搬送。途中で借りたトラックの前輪が高速上でバーストするもなんとか雪模様の合間を縫って二往復することができました。(トラックを返すと同時に、郡山に置いて来た自分の車を取りに行って来たため)

全行程約2000km。途中のアクシデントで予定が大きく狂ったため、急遽大垣からプロドライバーにヘルプに来てもらった。

草花が伸び、徐々に廃墟化していく故郷。次に来る時は高校生になった長男を連れてくるようになるのだろうか。

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by dynabooksx | 2014-12-10 18:42 | 地震、原発関連

第五福竜丸を描いたベン・シャーン
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by dynabooksx | 2012-02-02 09:13 | 地震、原発関連

日本テレビ NNNドキュメント「放射線を浴びたX年後 ビキニ水爆実験、そして」
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by dynabooksx | 2012-01-30 17:56 | 地震、原発関連

死の地域に生きる。



もう随分出回っている動画ですが、西ドイツ放送で製作されたものだそうです。しばらく、原発関係の記事をここで書く気持ちにならなかったのですが、目を伏せていることばかりも出来ないので久しぶりに書きます。私たちの町、双葉町から北へ20km行った、立ち入り禁止区域ぎりぎりにある南相馬、かつての原ノ町。今も私の身内も生活しているところです。

放射線量で言えば、福島市や郡山市よりも低いところも多いですが、酷く汚染されていることには変わりはない。また、水源であるところはよく知られている飯舘村でこれから、落ち葉が落ちれば山から吹き降ろす渇いた風によって放射性物質が吹き寄せられてくるだろう。危険なのはここだけの話ではない。福島県はもちろん、東北、関東、東京も程度の差こそあれ、同じ危険に囲まれている。

福島に残る人も、そこを出た人も、心に深く押し込めた感情がある。私たちが直面している問題はあまりに過酷過ぎるのだ。人の体はいずれ朽ちるということを知ってはいても、死をタブー視してきた文化にどんな対処法があるというのか。水に流す、臭いものに蓋をするにしては、あまりに相手が悪い。

311が日本を変えたのだろうか。いや、そうではないだろうと思う。いつ何時でも潜在的なリスクが発破し、目の前に現れるだけの必要な条件は、ずっと前から時が満ちるまで着々と準備されて来ていた。私たちは、自分達で蒔いたものを刈り取っているのだろう。それを認めたくないが故に、どこまでも間違った道を選び続ける。

これで、経済大国、技術大国だと胸を張ってきた日本の誇りも潰えただろう。そんなものは幻想で、それらは何も私達を救い上げてはくれなかった。むしろ、強力な刃となって私達の命を脅かそうとしている。なにかに夢中になって、気を紛らわしているということでは、これから後の世はのり切ることは出来ないだろう。

破滅へとなだれ込んで行く私たちの国を、取り戻すことは出来るのだろうか。私たちの希望はどこにあるというのだろうか。


コリント人への手紙第一
15:20しかし事実、キリスト眠っている者初穂として、死人の中からよみがえったのである。 15:21それは、死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない。 15:22アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。 15:23ただ、各自はそれぞれの順序に従わねばならない。最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち、 15:24それから終末となって、その時に、キリストはすべての君たち、すべての権威と権力とを打ち滅ぼして、国を父なる神に渡されるのである。 15:25なぜなら、キリストあらゆる敵その足もとに置く時までは、支配を続けることになっているからである。 15:26最後の敵として滅ぼされるのが、である。 15:27「神は万物を彼の足もとに従わせた」からである。ところが、万物を従わせたと言われる時、万物を従わせたかたがそれに含まれていないことは、明らかである。 15:28そして、万物が従う時には、御子自身もまた、万物を従わせたそのかた従うであろう。それは、がすべての者にあって、すべてとなられるためである。

15:50兄弟たちよ。わたしはこの事を言っておく。肉と血とは神の国継ぐことができないし、朽ちるもの朽ちないもの継ぐことがない。 15:51ここで、あなたがたに奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続けるではない。終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。 15:52というのは、ラッパが響いて、死人朽ちない者よみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。 15:53なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである。 15:54この朽ちるもの朽ちないものを着、この死ぬもの死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉成就するのである。
15:55「勝利にのまれてしまった。
よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。
よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。
15:56のとげはである。罪の力律法である。 15:57しかし感謝すべきことには、わたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。 15:58だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。




半年前の出来事がはるか昔のことのようだ。ばらばらになった私達日本国民を再び結び合わせるものはあるのか。
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by dynabooksx | 2011-10-25 19:15 | 地震、原発関連

 私達が東海に避難してきてからはや半年。その間にも、まず福島に居てはなかなか出会えないであろう貴重な出会いがいくつもありました。そのうちの一人であり、私と、福島、東北、そして北海道と3回も旅を共にしてくれた浜松の友人が、これからの時代、これからの生き方を考えるとして先日浜松でイベントを行いました。そこで製作、上映したビデオです。この話を知人にすると、見たいという声があったのでブログに掲示します。


311、、そして、今からの私たち

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by dynabooksx | 2011-10-19 08:45 | 地震、原発関連

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 フェイスブックで騒がれてますけど、うちの悪がき君二人は、随分前から、
「自転車に乗って疲れたときは、この体勢が楽~」なんてやってました。
時間と場所、高さを考えないとね。
ここは、カインズの駐車場前です。

リクエストにお答えして
「エチェバリア乗り」

やっぱ今中さんの声、いいの~
あ~ジャパンカップ観にいきたいな~ 宇都宮LOVE☆
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by dynabooksx | 2011-05-26 10:07 | 地震、原発関連

20mSV問題について思う。

海外の反応に比べて、まだまだ他人事で極めて限定的な運動ではあるが、時間とともに事実が明らかになってくるにつけ、遠くからやってくる津波のように目の前に現れるまで、その大きさは分からないが、静かにそれは進んで来ている。

この20mSV問題が、どうしてほぼ福島県全体、いや、関東も含めたいやいや日本全体を揺るがす問題なのに、どこか遠いことのように周りは感じているのか。それは、まず国がなくなるわけはないだろう、きっと最後は責任をもってちゃんとやってくれるだろうという、お上にぶら下がれば何とかなるという思想が大変長い間にわたってこの国に流れて来たからで、誰もまだこの段階で本当に自分の身に迫っていることだという認識がないからだ。誰か他人のことのように、他人がうまくやってくれるだろうという風に漠然と感じている。

それはそれでめでたいことで、そういう楽観主義を私は嫌いでないのだが、ことこの緊急時においては、もうこれでは立ち行かないだろうにと絶望的な気持ちになる。だが、この福島のお母さん方を中心とした叫びが、周りを否応なしに巻き込んで行く動きになって行くのには、その向かうところが何を意味するのかという覚悟を明確に示さざるを得ないだろう。

俺だって東電や国に苛立ちをぶつけたい。でもどうひっくり返ったって、彼らにやれることなんてたかがしれているんだ。例えば、東電があらゆる自己財産を全て放棄して金銭を補償のために使って配ったとしても、それで自分達のもとの汚れていない土地がそのまま戻ってくるわけではない。もうこれは、金での償いというレベルを超えているんだ。

もし20mSVを以前の1mSVに戻すという決断をして、それを守るために本気で対策をするとすれば、東日本の大半は無人の荒野になる。まずはそれ以前に福島県だ。結局はそういう覚悟になってくる。それを遠くどこかで感じているから、それから目を背けたいがために非情に気になるのだか、それを直視することは出来ない。福島の人が逃げ出さなければ、関東の人が逃げ出すことはなく、東京首都圏は現状を確保できる。

だから、国は福島県を見殺しに、なんとか無理やりその場に留まらせることで必死なんだ。福島県は福島県で、どれほど危機が迫っているとしても、国にぶら下がりさえすれば、何とかしてもらえると哀れにも信じている。どこまでも政府と東電の発表を信じてきて、見事に裏切られた国民と同じなんだ。それでも、裏切られたということに、さほどの問題意識を持っているようには思えない。だからしゃーしゃーとメディアも当たり前に報道出来るのだ。

俺が思うには、日本人は本音と建前という日常的に嘘をつくという文化に慣れきっているので、さほど違和感を覚えないんだろうなと考えている。信じているといいながら、どうせ信じたってそんなもんだろうという無常観が色濃く覆っていて、国民全体を麻痺させている。だから、薬で麻痺させられた患者のように、何を言ってもうわごとのように聞こえてしまうんだ。そして国の権力をもっているやつらは、頭がいいからそのことを熟知している。自分達の権益が侵されないために、自分達の身を守るために力を逃がし、その場をうやむやにすることが出来るか、歴史とともにノウハウを蓄積してきた達人だ。そういうプロ達を相手に、素人で半病人のような国民が相手をすることが出来るのか。島国で自分が置かれている状況、自分というものの実情を知らな過ぎるんだ。

建前で、あれはじつはドッキリなんだよ。ビックリしたでしょう? あんな事故、なんの問題にもならないよと言われてそれで済むのならば、どんなに幸せかと思う。だが、もし仮に原発事故がなかったとしても、人類がもう目の前に迫っている危機はなかった事にはしたくてもすることが出来ない。原発における人災は、氷山の一角でそれをきっかけにして、目を覆うような薄汚い人間の実態があぶりだされてくるだろう。それを直視できるほど人間は強くない。もしそれをするのならば、もう人類は滅びるほかはないのだろうかと、震えながら認めざるを得なくなるだろう。

だからこの、根っこからねじれてしまって自己解決能力を失ってしまった人類には、聖書がいうように外から救いが来る必要があるというのは真理であると感じる。


一人一人がいまこの時に、自分の真実な姿を直視する必要がある。自分は何を思い、何を欲しているのか、どんな未来を願っているのか、人間は未来を創造していける生き物だ。自分達の願ったように行動し、未来を構築して行く。とすれば、現状の悲劇を創りだしたのも自分達の願いなのだとどこかで認めざるをえないだろう。そんなはずはない。俺はただ騙されていただけだと言うかもしれないが、確かにそうだ。盲目で見えるべきものが見えていなかっただけだ。でも、それでもそこに自分の足で歩み続けてしまった。この事実を私達は深く受け止めることなしに、未来への真の方向転換はあり得ないと思う。それでは、どこか他人事のペンキの上塗りだけで、なにか変わったつもりになるこれまでと違いはないからだ。それでもいいのだと、またまた開きなおるのか、本気で変革を望むのか、喉もとに刃を突きつけられながら、この非情な決断を迫られる場面まで来てしまった。

もう誰のせいにもすることが出来ない。私も含め、一人一人が自分という人間の現状を直視し、本当に自分で自分を救い上げることが出来るのかどうか、この私が描き得る未来はいかなるものなのかを真剣に考え、その結論、覚悟に至らなければならない。


全ての恐れが取り除かれて、真実を知り、本来の私達が持つ、神の子としての性質が回復することを願う。



んんっ?? これは地震、原発関連のカテゴリーじゃなくなっちゃったな、、。そもそもそんな分け方なんて出来ないんだけど。
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by dynabooksx | 2011-05-25 07:42 | 地震、原発関連

こんなことがねぇ~。

今日の国会中継見て頂けたでしょうか? こんな興奮する国会の模様ってあり得たんですね。驚きでしたよね。登場する人と状況によって、ここまで熱気と密度が変わるのか、、、。なんでこんな当たり前のことを当たり前に議論し、道を模索するという事がこれまで出来なくなってしまっていたのか。悔やまれるところだが、前に進んで行く他はない。

午後、気持ちよく昼寝をしていたら、なにやらガチャガチャ奥さんがパソコンで、映像を見ている。しかも音声が2重に重なっている。何の音だぁぁと起き出したら、この中継と裏版組で『福島の子供を守れ』との東京でのデモの様子の2枚看板のUSTREAMだった。タイミングが合えば俺も駆けつけたんだけどなぁ。


それにしても、参考人として出席している方々の信念というか覚悟というのがまっすぐ伝わってきて、その人の生き様が輝いていました。ずっと世の中の大勢と反して、原子力の危険を訴え続けてきた。変人のように白い目で見られ、顧みられることもないまま、、、。そういう自分の人気や利益に基づいたものでない動機で動くことが出来る人こそが、本当のリーダーになるべきでしょう。そういう人たちを国政の中心に据えることが出来るような社会を求めます。


やはり、大きな犠牲と痛手ではあるけれども、この震災と原発事故はこの国に大きな変化をもたらし始めている。絶対に改善、解決不能と言われ、あきらめかけていた国の行く末に何か小さくとも、希望を感じられる中継でなかったかと思われる。その先にあるものを先行してキャッチしていきたい。世界がどのような方向に向かって行くのか、どのような結末になるのか、しかと見届けたい。
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by dynabooksx | 2011-05-23 22:59 | 地震、原発関連



大熊で標高550mって言うと中屋敷しかないんだけど、うちのお客さんで木村さんっていたかな? 高知まで逃げたのか、、、。データベースにアクセスしてみないとわかんないや。

昨日は、子供の運動会で裸足で校庭を走り回ったり、腹ばいになって組み体操をしたり、福島の子供達のことを思うと、複雑で言葉がなかった。放射能は大人ではなく小さな子供に大きな影響をもたらす。それも世代をわたって、、。しみじみ子供は希望であり宝だと思った。この世代を繋ぐ未来がなかったら、私達の生きる意味はどうなっていくのだろう。大人は生き残って子供が次々と死んで行く社会。そんな現実を大人達もどうやって受け止めることが出来るというのだ。

動画の内容は、地元住民の私などからすると別段新しい話ではないが、具合が悪くなったというのは気になる。事故後、どれくらい現地に留まっていたのだろうか。どうも各地で喉の異常や鼻血の報告が相次いでいるようだ。私も地震の後、しばらく極度の集中状態を続けていたので、あとで気が抜けてきたときに、疲れがどっと来た。
今年に入ってから以前のように十分なトレーニングを積んでいなかったというのもあるけれども、それだけではない重~い何かにしばらく引きづられていたような気もする。本格的に自転車で調整を始めて2週間。徐々に負荷をかけて、途中でいったん風邪で寝込んでそこから超回復したあたりで、ぐんと元の調子が戻ってきた気がしている。
感受性の差はかなりあるとしても、もし放射能の影響があったとすると、体調が悪化した人は遠い圏外に出ない限り回復は難しいだろう。

元東電職員でこういう人は多いんですよ。もう嫌になっちゃって早期退職して山の中とかに自給自足で住むことを選ぶ人。気持ちはよく分かりますね。心の中が現実と分離して途中で耐えられなくなってくる。人間としての良心が耐え切れなくなってきてしまうんですね。

ここ三河に来て、子供の運動会に出て人の動きを観察しながら、なんとなく一つ気が付いたことがあった。自分は、福島のあそこの場所に生まれついたわけだが、小さな時からなんともいえない違和感というか、無理なものを感じていた。これは日本全体の問題でもあるのだろうが、過去のエントリーで何度も『本音と建前』の話を書いてきた。これがあまりにも酷く横行していて、誰も物事をまじめにまっすぐに考えようとしないのだ。最初から諦めてしまっている感がある。

確かに、東北人は厳しい自然の中で、現実を受け入れつつ忍んで生きてきた。その辛抱強さと来たらなかなかのものだ。しかし、貧しくとも自給自足で生活していたその地に、都市に電力を供給するという大事業が舞い込み、生活は現金収入になり、人々は都会人の真似事をするようになっていった。地に足をつけて、自分達の裁量の範囲で責任を取れる持続可能な生活を送っていたのに、それを捨て制御不能の欲の世界に埋没していった。それが現在の結果をもたらした。

でも、必至になって戦後を復興し、豊かさを求めて邁進し続けた先人達を責めることばかりは出来ないだろう。だがそこに大きな偽りとゆがんだ現実があり、それから目をそらしつつ目先の利益ばかり求め続けてきた、根本的な視野の欠損と過ちを認めざるをえないだろう。そこに立たなくては、私達の町にもはや未来はないだろう。

今が大いなるチャンス、めぐみの時だ。ここで方向を転換出来なかったら、もはや二度とその機会を失うだろう。どこで行く道を間違えてしまったのか。これは双葉町や福島県だけの問題ではない。この国全体の問題だ。いったい、何が私達の本当の幸せ、豊かさと言えるのか。そんなこと決まっているだろうと、そういう前に頭をリセットしてもう一度、まじめに真っ正直に考え直して欲しいんだ。今更そんなことをと言わないでほしい。それこそが、最も大切なことではないのか? 人はなんの為に生きるのか。自分の存在目的は何か。答えはないとか、人それぞれだから自由だとか、簡単に投げ出さないでほしい。人間には人間の創られた目的があるんだ。その目的を見出し、その通りに生きることが出来れば、それより幸福な人生は存在しない。


私は完全に敗北したのか、、。ここ数日そのことを考えていた。危機を知らされながら、現実を止めることは出来なかった。日本全体が放射能に汚染されていくという現実を目の前にして、絶望的な気持ちになりながらも、なぜかふつふつと湧き上がるものがある。打ちのめされたままにはしておかない、突き上げてくる何かがある。私の敗北を神の勝利に変えてくれる奇跡が必ずあるはずだ。経験上、世の中はそういうことになっているということを何度も思い知らされてきた。だから、これから日本がこれまで以上のより良い社会になって行くために、産みの苦しみを味わっている。その先に、必ず誕生の喜びが待っているはずだ。その訪れを感じて、なんだか黙ってはおれなくなってくるのだ。


この動画を見て、なんだ最後はそうなるのかと思った。どこかですでに知り合っている人なのかもしれないとも思った。私は何度か、この世界は見えないものに見えるものが支えられているという構造で出来ているという話をしてきた。これは現実そのようになっているのだけれども、実はここに、この祈りが大きく作用している。聖書にはこのような一節がある。


「義人の祈りは働くと、大きな力があります。」ヤコブ5:16


義人とある『義』とは、聖書では神が義しい(ただしい)と認めるという意味がある。要するに神の思いに適っている人の祈りだということですね。この祈りには大きな力が発生する。なぜならば、それは神ご自身がお墨付きを与えて、それを実現しようとなさるからです。だから、私達はここで耳を澄まして聞かなければならない。私達を創った方が私達に何を求めておられるのかということを、、、。静まって、力を捨てて、ただ静かに聞き入る。そうすれば、多くの人にうっすらと聞こえてくるはずです。今はそういう時代だからです。

ブログを読み返してみると、震災が起こる前までも、今年に入ってから何度もこの箇所を引用していました。


使途行伝2章
こう仰せになる
終りの時には、
わたしの霊をすべての人に注ごう
そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、
若者たちは幻を見
老人たちは夢を見るであろう。
その時には、わたしの男女の僕たちにも
わたしの霊注ごう
そして彼らも預言をするであろう。
また、上では、天に奇跡を見せ、
下では、地にしるしを、
すなわち、血と火と立ちこめる煙とを、
見せるであろう。
主の大いなる輝かしい日が来る前に、
日はやみに
月は血に変る
であろう。
そのとき、主の名を呼び求める者は、
みな救われるであろう』。



大いなる輝かしい日が来るその前に、日はやみに、月は地に変わり、全土を暗闇が覆うようになる。あなたの内側に語りかけられるその声に正直に応答してください。私は宗教という概念、理念、ものの捉え方を言っているわけではありません。現実に存在する、私が体感したそのままのことを言っているに過ぎません。なぜそんなに躍起になるかというと、私の存在目的は、そのことを伝えることだと使命を与えられているからです。
このことを十分に果たしてからでないと、いくら向こうの世界に戻りたいと思っても、まだまだ帰らしてもらえないようですので諦めて本分を果たしましょう。
主がいずれ必ず来られます。その日に、それを待ち望む人と、それを恐れて打ち消したい人とに、目には見えない世界は二つに分かれているでしょう。光と闇、いのちと死との戦いは、これまで以上に表面化し激しくなっていくでしょう。そういう時代に生まれついたことが、嬉しいような悲しいような、、。


今日の日も、御声に聞き入りつつ、、、、。


なんか、今回も最初にイメージしたものと全く違うことになってしまいました。タイトルと関係ないんじゃないのってね。でも一番伝えたいことを伝えたい。その思いは内に閉じ込めておけるものではありません。


証言動画の最後の所にある話は、前にも紹介しましたが、これです。



これを双葉町、または他の市町村の避難所で上映したいと思っているのですが、私のブログをご覧になっている方々、動ける方いらっしゃいませんかね。見せて、今すぐ帰るとか言い出されるとそれも困っちゃうのですが、、、。汚染された地で生きる希望というのが、チェルノブイリの過去から透けて見えてきます。



これも先日近くで上映されたのを見に行って来ました。大間で世代を超えて原発の反対運動をしてきた人の話が週刊誌にも載っていましたが、本気で30年にもわたって必死の活動をして郷土を守り続けてきた人達がいたと知りました。故郷を、そして日本を取り戻すことはまだ出来ると信じている。
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by dynabooksx | 2011-05-22 18:03 | 地震、原発関連

楢葉町出身のいわき市議の方が、こちらで講演をしてくれました。むこうの訛りを聞いただけで、なんだかジーンと来てしまいました。行政でも、まともな人はいます。こういう人と地道な繋がりをもって手を繋いで行けば、途方もないこの問題に風穴を開け、希望の光を見出すことが出来るようになるはずです。私も月末には戻るつもりです。


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by dynabooksx | 2011-05-21 16:45 | 地震、原発関連

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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