昨日、4月の頭から恵泉塾のプレ入塾に行った青年から電話をもらった。第一原発が爆発して、命からがら福島市まで逃げた時、まだ命があるのなら生きているうちにもう一度会いたいと思ったのは水谷先生だった。

今、恵泉塾のページを見ていたら、地震の直前のメッセージが公開されていることが分かった。さらに来週11日(月)にはなんと浜松に来るではないか、、、。ここからすぐだもんな。当然行くでしょう。


今回の地震と原発問題で、多くの人が恐れと不安の中にいることと思います。災害を身近に感じている誰もが、自分の人生の意味を考えずにはおられないでしょう。そんな根源的な問いは、本来誰もが持つものですが、これには正しい答えがあるということを私は言いたい。人は百人百様ではあるが、望まれている姿というのがある。それを見出さなくては、大きな空しさに震えながら、気を紛らわしながら生きてゆくほかない。今回の災害は、そんな気紛れさえ吹き飛ばした。これまで、幸せだと思っていたものが一気に崩されていく、明日何が起こるかわからない。自分の命はそこで終わるかもしれない。そんなことを考えざるを得ない世の中になってきた。多くの人が天国につながる道を見出すことを願う。


●水谷惠信牧師メッセージ(2011年3月8日)
「人は何のために生きているか」(エフェソの信徒への手紙2章1~10節)

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by dynabooksx | 2011-04-10 00:58 | 恵泉塾

去年の終わりから一ヶ月半ぐらい、朝2~3時間程度の時をもつようにしている。それが楽しみで、しばらく寝ていることが出来ないのだ。義務感など全く感じていない、いや、感じていないと言ったら嘘になるだろう。私自身で自らをかき立てるような思いはないが、私の周辺世界に関して神が期待をされているという感覚は義務と言い換えることも出来るだろう。人が救われるとは、そのような使命、価値に目覚めるということでもあろう。

人生とは不思議なもので、その時々は分からないのだが、時間がたって過去を振り返ってみると、あれもこれもここに至るために一直線に用意されていたのだなぁと思うことがある。パウロがそれを思うと「母の胎にいた時から、、、」となるが如くにである。確かに、私の人生のベクトルは、18歳に最初のショックがあってから、いや、そこに至るまでにもそうならざるを得ない私の特質と、環境があった。初めから現在に至るために用意されていたと思わずにはおれない。


間に合った! よくぞ、私の人生に間に合ってくれた!!


そう叫びたい思いだ。もし何かのかけ違いで、この信仰まで行き着かなかったら、召命へと至らなかったら。もし、至ったとしてもあと先短い老年期だったとしたら、、、。確かに、明日奪われるかもしれない地上の人生だが、幸いまだ子供も小さく両親も健在だ。十分に神の国の拡大を見せてから死ぬことが出来る。おそらくこれから10年が私にとって、霊肉共にもっとも油の乗った時期だろう。(霊は良いが、肉に油は程々がいいな、、) その期間を全力で消費出来るとは何と幸いなことだろう。
よくぞ、私の人生にまで手を伸ばして下さった。人一人を救うのに、神はこれほどまでの綿密な計画を練り、必要な投資を怠らないのだ。このことに気がついた時、残りの人生を一時たりとも無駄にしたくはないと感じるようになった。こうして朝早くに起きだすのである。


4年前に余市に行ったとき、大きな感動があった。これまで、自分の信仰は何か他の人とは違っていて、誰にも譬えられない特殊なものだと感じていたが、ここに同類人を見つけたからだ。確かに現在行き着いている所は違うが、方向がぴったり同じだと直感した。だからこそ、余市まで足を運んだのである。

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聖翼の蔭

水谷 惠信 / キリスト新聞社出版事業部


先日、水谷恵信師の聖翼の陰という小冊子を取り寄せたのだが、そこにこれまでの彼の半生が活き活きと描かれている。恵泉塾に関わりのある人が、私を見て「なんだか先生に似てるぅ」と言うのだが、彼の実際の歩みも驚くほど私と似通っている。夫婦でそれを読んで苦笑いするばかりだ。ちょっと抜き出してみましょうか。


p101~
「人生如何に行くべきか」に悩み、私を世に遣わした神なるものが本当に実在するなら、その神にこの難題をぶつけたい、と願っていた私は、1968年10月30日正午遂に京都市上京区室町通中長者町の路上で、「我は主なり」との御声をもってご自身を顕現なさる主に出会いました。その瞬間、「自分を世界の中心に据えてものを見る視点」から「世界の中心にいます主なる神とその前に跪く我」という視点に私の心は大転換していました。《神の実在》が私の魂の最奥にはっきり留まり、《神と我との関係の正しい認識》が動かし得ない真理として私の心に刻印されました。
 腹の底から燃える炎が突き上げ、訳もなく涙が溢れ、喜びが溢れ、この時から酔えるが如く賛美歌を高唱し、時を忘れて聖書に読み耽る毎日が始まりました。

・・・・・・・。

しかし、恩寵に慣れるうちに、いつしか感動も失せ、祈りは形式に流れ、聖書の学びも教会通いも自己満足、心は文学の研究と高校教師の仕事、世との付き合いで一杯になっていました。紅灯の巷に出入りし、恋をし、下手な小説に野心を燃やし、放浪の旅に出ました。
 1980年の復活節、疲れ果て、前途に希望なく、投げやりな気分で教会から帰った私は、書斎の椅子に身を投げ出したまま、暗くなるのも構わず、ぼんやりしていると、突然あの懐かしい御声が聞こえました。
「私に帰って来なさい!」
 食い詰め行き倒れた放蕩息子が、目の前に母の姿を見出した感動。九十九匹の羊を野原に残しておいて、失われた一匹の羊を見つけるまで捜し求められる主!
「天国の門はまだ閉ざされていない! 間に合った!」
 私は主を忘れ果てても、私を愛して見捨て給わない主。何という大きな愛。私の放蕩生活は終わりました。

 夜の明けぬ内から起き出して主に祈り、聖書を読み、指折り数えて日曜日を待つ。新鮮な感動、溢れる感謝。それが半年続いて、9月8日未明、祈りの内に、数日見合いした相手と結婚せよと主に言われ、翌年3月10日婚約しました。その席上、私の喉笛を通じて、主は「わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災いを与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである」と言われましたが、主がこの御言葉を今日に至るまで誠実に実現しておられることは驚くばかりです。


似てますねぇ~。わたしの場合最初、夜な夜な聖書に没頭する事となった18歳の時から、結婚時の献身まで5年。そこから「わたしの言葉をそのまま語りなさい」との召しまで5年。それから逃げ続けて放浪を続けて3年。思いもよらない出会いでそれが一段落した後、主を待ち望んでの3年。ここまで随分時間がかかりました。

結婚に関してでも面白いですよぉ~。ここは先に妻が読んでいたのですが、台所で吹きだして笑っていました。


p132~
 私は伴侶を愛する自身のないまま結婚生活に踏み込みました。愛情は理解から始まると考えて、価値観の隔たりを埋めるために、妻の生活のリズムに従い、朝起きをやめ、夕食後、一緒にレコードを聞いたり、夜遅くまで妻の話につき合ったりしました。妻の生活習慣に馴染めず、不快に感じられて、時には激論を交わすこともありました。
 クリスチャン同士とはいえ、神に向き合う姿勢にも隔たりがあったので、私は自分の好みを退け、妻の気持ちに沿う教会を探して、市内の主な教会は二人でみんな覗きました。こうした努力の結果、私が確認したことは、途方もなく異質な存在とこれからの運命を共有することになったのだ、という、心に重く沈む、うんざりするような事実でした。

「人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません」(マタイの福音書第19章6節)

ということばがある以上、離婚のカードは初めから私の手元から奪い取られており、私は与えられた伴侶と、どんなことをしても、神に喜ばれる家庭を生み出していかなければならない、と覚悟しました



う~ん。水谷恵信、渾身の名文句。これは暗誦しておくべきでしょう。(水谷流としてはこれはやはり、青字でしょう) セミナーでも結婚は自分のためではない、献身だと語っておられたが、私とて同じ。結婚したくしたわけではないが、他に自分の未来はなく、またそれを捧げていく信仰を祝福するというので、仕方なく受け入れたという次第、、。彼女との結婚で、私の霊的リソースは全て彼女に消費されることで終わるのだろうと考えたほど、当時の私の信仰姿勢との違いは大きかったように思います。ここに来ると、これほど細やかな配慮を見せ、かつ客観的な判断を失わない私にピッタリな助け手はいないだろうと思うようになりましたが、結婚は本当に神に対する賭けでした。

私を、これほどまでに揺さぶり、重しを乗せ、打ち砕き、またたて上げる妻と、それを与えてくださった神に感謝して、、、、。ハレルヤ。
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by dynabooksx | 2011-02-05 06:18 | 恵泉塾

 先日にいわきで行われた伝道集会メッセージの音声を掲載します。聖書の予備知識がなくとも十分に理解できる内容だと思います。もしも関係者から苦情があれば、下げますね。iphoneで録ってパソコンに転送しようとしたら、ソフトが対応してなくて苦労しましたが、アナログで再度エンコードし直しました。
 自分一人では負い切れないほどの苦しみを抱えている方へ、届きますように。


 21日朝、質疑応答を追加しました。毎度参加者の疑問質問にすぐに返答してくれるこのコーナーが、一番内容が濃かったりします。高校の教師としての経験が随所に現れていることに気がつくことでしょう。


・苦しみの意義 2010年12月17日いわきにて

・質疑応答



追記 音声データは引き取りました。
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by dynabooksx | 2010-12-21 22:42 | 恵泉塾

 きょうあることから、久しぶりに余市恵泉塾に電話したところ、なんと来週8日月曜日にいわきで先生の講演会があることを知りました。先生の所に連れていきたい人がいたので何というタイミングでしょうか。


まずは7月余市行きのレポートから
恵泉塾1
恵泉塾2
恵泉塾3
恵泉塾4
恵泉塾5~驚くべき一致~


壊れた私、元気になった―北の大地で始まったいのちの教育
水谷 惠信 百万人の福音 / マナブックス
スコア選択: ★★★★★

6月に講演を聞いた水谷師の本です。神中心の生活により実際に立ち直った人の物語と惠泉塾の出来るまでを紹介してあります。



 あらためて、私の尊敬する師である先生の事を紹介したくなりました。私の言葉を長々と書くよりホームページの文を引用した方が良いでしょう。


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1.神の活躍舞台
 心傷つき、病み、疲れ果てて癒されぬ人々が大勢います。みんな決まって生真面目で、汚れなき魂の人々ばかりです。現代医学の力の及ばぬ領域に踏み迷って絶望の壁に向き合っているのです。精神科医でもなくカウンセラーでもない私たちに一体何ができるでしょうか。無力です。まったくの無力です。
 しかし、私たちが無力のどん底で神に叫ぶ゜と、神は応えて下さいます。「人にはできないことも神はにはできる。神には何でもできるからである。」と聖書が語っています。これは真実の言葉です。私たちは胸を張ってその証人である、と言うことができます。私たちが自分の無力を自覚して神に一切を委ねる時、神は不思議を行い給うのです。神の貧者、霊的貧者になり切る時、私たちの人生が神の活躍舞台になるのです。

2.神が貧者を招くための惠泉塾
 神はあらゆる敵意の中垣を取り払い、全人類、全被造物を正しい秩序に収め直し、不滅の“神の命”に生かす、という壮大なご計画を推進しておられます。
 私たちの惠泉塾はこの壮大なご計画の中のごく小さな部署を受け持つ、裏町のささやかな修理工場のような所です。どんな問題でも持ち込める便利な町工場の存在は、熱心な愛用者の口コミで、静かに「神に招かれている人」に知られて行っています。
 これは、ラザロのような“神の愛された貧者”です。人間のためではなく、“神のため”の聖なるご事業なのです。人間の自己満足のために、自分の夢や理想を実現する手段にすり替えることを許さない“聖なる領域”なのです。
 
3.福音の実証現場
 主なる神は、福音の力を今も実証し続けておられます。牧者である塾頭の水谷が主から賜った指名は、時代の罪の沈殿した吹きだまりに身をおいて、そこから神に執り成しの祈りを捧げることです。聖書の神は全能です。神との正しい関係に立ち帰る者には、溢れる恵みを与えて下さる御方です。神の実在を知らず、身勝手な生き方を推し進めて疲れ切った人をお迎えして、キリスト中心の生活に連れ戻し、悔い改めた特選の民として神の祭壇に捧げ直すのが牧者の聖なる任務なのです。
 余市の惠泉塾は、神の恵みに満ちています。生きた福音が語られ、心の奥底から迸る祈りが捧げられ、笑いに満ち、感謝に溢れ、貧しくても不思議な平安が全世界を支配しています。この生活が、都会生活に馴染んだ人々に、久しく忘れていた人間としての大切なことを思い出させてくれるのです。余市で私たちと共に暮らす間に、みんな神の光に照らされて輝き、元気になっていきます。神様はどの人も輝く存在としてお造りになっていたのです。私たちが輝けないのは、光から身を遠ざけて、自力で輝こうと努力しているからなのです。この世が教えてくれた常識をかなぐり捨て、永遠に変わらない神の言葉に忠実に従う、純朴で愚かな信徒の生涯を送り続けて、聖書の神が今もいきて働かれる(実在の神)であることを実証する意義を、私たちは、新たな来客を迎えるたびに、痛感しています。


恵泉塾で教えられること
塾頭 水谷恵信

1.神と私と家族
 惠泉塾は人生の港です。単に停泊するだけではなく、燃料の補充や傷口も修理する所です。更に大切な点は、航海計画の根本的見直しや乗組員の総入れ替えまでして、今後決して暗礁に乗り上げないで目的地に到達できるように、慎重かつ大胆に整備し直す所だ、ということです。
 私はその相談役です。右手に聖書、左手に経験知を備えて、様々な必要に応じています。その責任者は神です。
 私の妻は、この港の最初の利用者であり、その効力の一番確かな生き証人であり、協力者です。そしてまた、彼女と子供たちと私の織り成す家庭生活現場を披露することで、具体的な示唆を提供する貴重なモデルでもあります。
 我が家が理想的な家庭のモデルだ、というのではありません。現状がどうあろうと、それを神が取り扱っておられる、その神の御手を見せるための一つのモデルなのです。

2.隣人愛の効力
 聖書の「ルカによる福音書」10章にある善きサマリア人の例え話を読んで教えられることがあります。 
 追いはぎに襲われて裸にされ、半殺しの目にあって路傍に放置された哀れな男を目にした2種類の人物が登場します。祭司とレビ人という宗教的特権級と、サマリア人の旅という当時差別と軽蔑の対象であった一般庶民とです。前者はこの男を見ても避けて通り、助けようとしませんでした。後者はこの男を見ると憐れに思い、近寄って、我が身が男の血で汚れるのも厭わず傷口にオリーブ油と葡萄酒を注ぎ、包帯をしてあげて、自分の乗る驢馬に乗せ、旅の先を急ぐことを断念して宿屋に連れて行って介抱し、翌日は宿屋の主人に金を渡して自分の代わりに介抱してあげてくれと頼み、不足分は帰りがけにお支払いしますと言った、というのです。
 なぜこんなに違う対応があり得るのでしょうか。
 なぜ特権階級は心を閉ざし、一般庶民は心を開いたのでしょうか。
 祭司やレビ人は律法を学んでおり、弱者を愛すべきことは頭で理解していたが、実生活では体験がなかったのです。庶民の上に立つばかりで、奴隷のように仕えることがなかったのです。愛は仕えることだと知っていたのは貧しい庶民の方でした。
 何もかも不足していた彼らは助け合わずには生きていけなかったのです。弱いもの同士助け合う中で彼らは大切な真理を学んでいたと私は思います。つまり、愛は、受けるよりも与える側に幸いが多い、ということなのです。隣人愛に一歩踏み出す時、上から神の愛が内に押し寄せて来て、その人自身を神の命に満たすのです。塾生活で私もそれを学びました。

3.苦しみの役割
 なるべくなら苦しみは避けて通りたいものです。こんなに苦しむのなら死んだほうがました、とも思います。しかし、人は生きている間、苦しみが付き物で、苦しみなしに一生涯を終えた人のあるのを寡聞にして私は知りません。
 果たして苦しみは厭うべきものなのでしょうか。苦しみなしにはどんな成長もあり得ない、と我々は体験的に知っています。問題なのは苦しみの存在ではなく、苦しみを乗り越える方法が見つからないのではないでしょうか。永遠に乗り越えられないと思うような苦しみが辛いのです。
 苦しみを乗り越える方法に2種類あります。一つは刻苦勉励して障害を取り除き、努力を積み上げて自分自身を高めることで乗り越える方法です。もう一つはこだわりを捨てることで、それが苦しみでなくなる、という方法です。私自身は前者を教え込まれ、それに習熟してかなりの成果を収めましたが、最後はこれでは駄目だと気づかされました。個人差はあっても、この方法には結局限界があるのです。
 塾で私が薦めるのは後者です。人が苦しむのはそこにこだわりがあるからです。たとえば好きな酒が飲めなければ苦しいでしょう。愛する女と別れるのは苦しいでしょう。特権を失うのも富を失うのも苦しいに違いありません。みんなそこに執着があるからです。ほしい物は何でも勝ち取るという生き方は間違っていますから、苦しみによって妨げられます。神から与えられるものだけを何でも感謝して受け入れる、それが神の私たちに許された唯一の生き方なのです。

4・理想社会の姿
 私たちの先輩は暮らしやすさを目指して力走したように私は思います。そのために多くの発明をしたし、施設を建てました。便利で衛生的で快適に暮らせる都会生活ができあがりました。しかし、それは軌道を外れずに元気に働ける間だけ楽しめる社会なのです。一歩軌道を外れ、健康を損なうと、締め出されます。社会は彼らを施設に送り込み、記憶から消し去ります。自分を疎外した社会を肯定し、憐れみを乞い頭を下げて施設からの返り咲きを願うのは何と屈辱的ではありませんか。
 神はすべての被造物を貫く秩序と調和の世界を企画されました。どんな生き物でも生活空間が保障され、食物を供給されます。弱肉強食は神の意図しない法則です。むしろ、愛に基づく協力関係が平和をもたらす社会こそ神の望みなのです。神が本来望まれたとおりの社会へと私は社会の変革を願っています。



ーーーーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーーーーーーーーー


 どうでしょう。実際に働きを見なくてはそんなきれい事と思われるかもしれませんが、そこには本当に奇跡があります。神は私たちの想像上の産物ではなく、今も生きて働いておられる事を自分の目で見ることができます。真剣に救霊の思いがある者は高くアンテナを張りこういった働きを自分で確認するべきです。私は、私たちの現実の問題を解決することのできない名前ばかりの宗教には興味がありません。命のない宗教、教会はむしろ人を殺します。クリスチャンの皆さん、今の現状にあきらめないで下さい。私たちにできないことでも主はなして下さいます。私たちが行き詰まる多くの場合、神は私たちを招いておられるのです。恵みの中に生きるように、自分の力を捨てて、神からの良いものに満ちて生きてゆくようにと呼びかけておられるのです。苦しんでいる人、痛んでいる人は神の正解に非常に近いところにいると言えます。痛みを隠さないで下さい。傷を隠さないで下さい。神はそれを癒すことができない方ではありません。

 傷は時間が癒してくれると言いますが、本当にそうでしょうか? 身体の傷ならば、生きていれば大抵のものは自然に治っていきますが、心の傷、特に子ども時代から引きずっている深い傷などはそう簡単に解決するものではないでしょう。傷の痛みゆえに蓋をし、それがないかのようにして生きてゆく歩みは大変危ういものです。一件は、何事もないようですが、それは内側から化膿し、腐敗させ、ある時蓋ごと崩れ去るのです。
 私は、どんな心の傷も直して下さる方がいる事を自分の経験から知っています。その方に、傷ついたままもたれかかるとき、私の人生に驚くべき事が起きました。私のこれからは、それを他の人々に分かつ為にあると言えましょう。恵泉塾はその働きのよきパートナーになるのだと思っています。
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by dynabooksx | 2007-10-05 21:13 | 恵泉塾

 恵泉塾2の所で、水谷先生の聖書理解がいちいち納得で、質問好き、非難好きな私が言葉に詰まるという事が起きました。そして、講義の途中途中に入ってくる先生自身の歩み、神との歩みが驚くほど私と似ている事を知りました。確かに私とは年代も一世代違うし、ここまで人生が接触することは全くなかった。私は、私で12年前に創り主に出会い、時には立ち止まり、疑いながらこの道を歩んできた。しかし今回セミナーに出て、同じ神を信仰して生きるという事は、ここまでも一致してゆくものなのかと驚かされた。

 かつてわたしは厳格な母の下、田舎の律法をしっかりと詰め込まれ育てられた。努力こそが、すべてを乗り越えるための鍵なのだということで、人と競い合い競り勝つことに情熱を捧げてきた。私には優秀な兄がいて、その兄に勝たない限りは私には未来がないという価値観の中で私は生きていたのだ。現在101歳の祖父から引き継いだためか、強いバイタリティーを持つ私は、我力で突っ走ってきた。本気で立ち向かえば負けることなどないと思っていた。しかし、神は私の人生の要所要所で、私の勢力を不思議なやり方で奪ってゆく。それまで、これこそが私の楽しみだと思っていたことが楽しくなくなり、好きだったはずの学問に対しての興味もなぜか薄れていく。そして時には、部屋に引きこもるしか出来ないような、どん底の状態にまで置いていった。

 もう私の人生は終わったのだとそう思った時、神は急速に私に接近してきた。長男が妻のお腹に出来たことを知り、追い詰められ、自分の力ではもはや生きてはいけない私の全体重を神は受け止め、『私はあなたを祝福する』と答えて下さった。あれから8年が過ぎようとしているが、今の私はその献身の延長上にいる。すでに、私の人生とこの結婚は捧げられたものとして理解しているので、それを忘れればいつ奪われても仕方がないのだと考えている。

 水谷師は、『私にとって結婚は墓場だった』と語られていた。私にとっても『墓場』だとまで言えば、さすがに妻も少し怒るかもしれないが、その時は私の能力を超える重荷だった。私はこの結婚で、それまで私を形作っていると考えていた多くのものをそこで捨てさせられた。逆の言い方をすると、私が価値がないと気付きながらも捨て去ることの出来なかった多くのものを、彼女との結婚によって捨てさせてもらったのだ。

 それまでの私の信仰は、神が私の努力の後についてくるような感覚でいた。神の御力を知ってはいても、半信半疑で確かめながら歩んでいた。それまで私が身につけてきた諸々の実績の上に神がさらに多くのものを増し加えてくれるのだという理解を持っていた。しかし、私を神が導かれたやり方はそうではなかった。

 それまでの私の宝をすべて奪い取るような形で、私の人生を生き返らせようとしていたのだ。それまでとは全く違う息吹、命によって私を復活させようとしていたのだ。


私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。ガラテヤ2:20


 もはや、生きているのは私ではない。イエス・キリストの思い自身である聖霊がわたしのすべてを支配しようとする時、私の行動原理は以前とは全く変わってしまっていた。起きていても寝ていても楽しくて仕方がない。何をしても、神が私を祝福してくれているのが分かる。他から見れば自分を犠牲にしていくような事柄をするのが嬉しくてやめられない。そして、それらはさらなる祝福として自分に返ってくる。こんな、楽しい人生がかつての私に予想できただろうか。天国の前触れをこの地上にいて味わっているのだ。一度は捨てたと考えていた諸々の事柄が、何倍にもなって帰って来ている。子供時代、他と競い合うためだけにしていた学問に今どれだけ助けられている事だろうか。国語、読解能力、数学、物理などから来る論理的思考、感性や直感力を養った音楽、今から見てみればどれも欠かすことが出来ないものであることが分かる。一度死んでいったそれらの能力を神が増し加え、限界まで引き出そうとしているのが今は分かる。

 主が共にいる限り、私が完全に敗北することはないであろうが、これから先の残りの人生で神はどれほどの事を私に託されておられるのだろうと反芻する。もしかしたら、命に危険が及ぶような事があるかもしれない。もし私に何かあっても、直接の子供達や霊の子供達が私の思いを、戦いを引き継いでくれるだろう。そんな思いで、最近の記事を書いている。これから時代はもっと厳しいところに入っていくだろう。多くの人の愛が冷え、偽預言者達が多く立ち、人々の内に希望が消え、命を自ら絶ってゆくだろう。聖書の預言の通りなのだ。

 しかし、その終わりの時に多くの人に神の霊が下ることだろう。


28その後わたしはわが霊を/すべての肉なる者に注ぐ。
あなたがたのむすこ、娘は預言をし、あなたがたの老人たちは夢を見、あなたがたの若者たちは幻を見る。
29その日わたしはまた/わが霊をしもべ、はしために注ぐ。 30わたしはまた、天と地とにしるしを示す。すなわち血と、火と、煙の柱とがあるであろう。 31主の大いなる恐るべき日が来る前に、日は暗く、月は血に変る。
32すべて主の名を呼ぶ者は救われる。それは主が言われたように、シオンの山とエルサレムとに、のがれる者があるからである。その残った者のうちに、主のお召しになる者がある。ヨエル書



 時間がない。その思いが私を御言葉と祈りへと駆り立てる。救われ、命を得るべき魂がうめきの中で私達を待っている。この思いに一致していく者達がこの日本の各地でも立ち上がってゆくことだろう。
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by dynabooksx | 2007-07-18 08:38 | 恵泉塾

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 全体として具体的に学んだことは、聖書は2000年にわたって読み継がれて来ており、ほぼ完全に読み解く事が可能である。読み切らなければ真理が見えては来ない。日本語聖書を読み取るためには、日本語読解能力が必要となる。そのための武器を今回手に入れてきたつもりだ。それは、2色の色鉛筆を用いてするのだが、確かに普段から頭でやっている作業なのあるのだが、実際にやってみると何気なく読んでいた箇所の本質が浮かび上がってくる。常に、文脈を意識しながら読むため数段深く理解しようと努力することになるのだ。

 そうやって改めて読んでみると、聖書の世界はデジタルな世界であることが分かってくる。善か悪か、神に従うかそうではないか、光か闇か、二者択一でグレーゾーンはないのだ。何だか、日本的な世界観に染まってしまうと、中道を行くのが良い姿のように感じてしまうが、聖書はそうではないのだ。この厳しさが、日本人に福音が馴染まない理由なのかもしれないが、現在の自殺率の高さを見るにつけ実際の中身はそんな生やさしいものではないのだと思う。人は、創り主を見いだしその関係を豊かに持たなければ生きる意味を失い、死に向かっていく。神に向かわないことは、そのまま死に向かうことなのだ。

 そこでの問題は、どうやって神と向かい合うのだと言うことになるのだが、ユダヤ教ならば律法をすべて守りこちらから神の側まで行かなければならない。恵みによって救われるとは、それが本当に出来ますかということなのだ。私達自ら神に向き直り、そちらに向かって歩めるなら問題はない。しかし、人類の歴史は創り主を忘れ、自己崇拝をするにつけ、命から断絶され絶望を味わうことの繰り返しなのだ。キリストが来られ、神の性質を目の前に示し、自らの命を失うまでして私達の背きを受け入れてくださいました。

 このことについて、水谷師は象徴的な言葉で語っていました。キリストを受け入れないで、良い行いによって救われようとすることは、黒地の背景に白い点を置いてゆくようなものだ。どんなにたくさんの努力をしても、背景が黒である限り白くなる事はない。
 反対に、キリストを受け入れると言うことは、背景を白にすると言うことなのだ。黒い染みがまだ残っていたとしても、それは一つ一つ潰していくことが出来る。十字架で自分の罪の身代わりとなったキリストを受け入れるのなら、その瞬間背景は真っ白になる。どんな過去の罪もその人を縛り付ける効力を失い、自由の霊に生きる者へと変化させる。未だ奴隷のくびきの下にある者は、光のうちにある者を憎み引きずり下ろそうとするが、恐れをもたない光の子達を縛り付けることは出来ない。それどころか、より強い光を放つ事によって、混沌の内にある人の闇を浮かび上がらせ、自由な下へと導く。

 しかしどうだろう、現実はきびしい。闇の内にある人は、自分の内面が照らされるのを嫌い、依然として闇の中にいることを好む者も多くいる。主が立ち上がってくださらなくては、私達はどうやって戦いに勝利してゆくことが出来るだろうか。創り主の思い自身である御言葉に触れ続け、聖霊によって親しい関係を信仰と祈りのパイプによって保ち続ける。その恵みが他者に対して注ぎ出されるとき、その豊かな実りによって自己の真の存在目的を見いだしてゆくのだ。
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by dynabooksx | 2007-07-16 21:09 | 恵泉塾

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 よし、神経の高ぶりも納まり、体の疲れもとれてきたので、本腰入れてレポートを書こうと思う。

 何から書こうか、余りにたくさんのことがありすぎて、きっと詳細に書いていったら、最大長文クラスで1週間分ぐらいにはなるだろう。主の恵みは驚くべきだと言わざるを得ない。まだ、ここで書くことはできないのだが、私の身近で他から見れば奇跡のように思えることが、次々と起き始めている。長く私の右腕として会社を支えてくれている社員は、「神は、絶対にいるのだ」と告白し、先日新しく募集した社員は、実は隣町の教会で洗礼をうけたクリスチャンだったときている。

 実は、しばらく前に私は福島に帰ってきて丸6年、ほぼ実務的な部分で会社の改造も終わり、自分の仕事はこれでなくなってきたため、引退を考えていたのだった。私たち夫婦は、ともにクリスチャンなのだが、この田舎に唯一自分達だけが単独飛び込んできたような感覚でいた。有効な成果が得られず、はじめにこの地にきた目的を失いつつあった。確かに、仕事に関しては随分力を使いながらも、優れた社員達に恵まれチームでもって様々な問題を乗り越えてくることができた。

 私は、自分の存在意義はいったい何なのだろうと自問自答しながら、今年の3月名古屋までの自転車旅行を計画したのだが、思いもよらない形で、神は急速に私の人生に関わりを持ってきた。実は正確には今から2年前に書いた記事があるのだが、そのときの呼びかけが恐ろしくなって私はずっと逃げ続けてきたのだ。

 神は、私がかつて完全に失敗だったと思った事柄の結末をそこで見せてくれた。私は、我力で聖書の神を伝えるために、突っ走り、また倒れたのだが、「それでは終わらせない。これを見なさい。」と驚くべき現実を私の前に突きつけました。ただ主を畏れるばかりです。私の未熟により、一度は無に帰したのかと思われた事を神は哀れんでいてくれたのです。あれから10年もの月日が経ちましたが、そのとき私と同じく教会を飛び出した一人が、離れた地で同じ恵泉塾に出会ったのはなんと不思議なことでしょうか? 

 恵泉塾での学びは、何とも不思議な感覚でした。何が不思議なのだか分かりますか? そこで、救世軍を見ているような気がしてならないのです。世で苦しむ人のために爆発的な成長と働きをしていったあの創業時の救世軍です。今回のセミナーに来ていた方々は、みな様々な教派や教会で長く信仰生活を送りつつも、悩み、疑問を感じていたところ恵泉塾に出会い参加されたのでした。そこで驚くのが、私たち救世軍人以上に彼らが救世軍を知っており、逆に救世軍を私が語られてしまうという事実です。水谷師の後半の講義は、私を意識してもあったかもしれませんが、「君たちはキリストの兵士だ」とか「キリストの御旗をもって我々は戦うのだ」とか「霊の武具を身につけて身を守るのだ」とかなんだか、どこに出かけてきたのか分からなくなるような気持ちでした。

 それが意味するもの、いかに初期の救世軍が聖書の言う「霊的戦い」の本質を確実につかんでいたかと言うことなのです。確かに、現在の救世軍は、聖書によって、聖霊によって聖められなければならない。しかしそれは、今日まで確実に受け継がれている。未だ死んではいない。私は、キリストの弟子であり、救世軍、キリスト軍の兵士なのだ。このことを再確認した。

 私たちが、キリストの兵士として有効に戦いを進めるためには、武器の鍛錬を怠ることは許されない。御言葉と祈りの生活、このことがその人の霊的感度を上げ、サタンの攻撃パターンを事前に読みとる事を可能にする。これがなければ、敵が矢をこちらにつがえ、放ち、目の前に来るまで気づくことができないからだ。私たちは、向こうが矢を構え始めるときにそのことを察知しなければならない。もし、矢を向けられているのが自分でなかったとしても、向けられている相手を素早く助け上げなければならない。

 敵が余りにも多すぎて、一刻も早く強力な伝道チームをつくらなければという焦りを感じている。世の終わりまで、あとどのぐらいの時間が残されているのだろう。いつ頃からだろうか、こんな感覚を持っていたのは、時間がないのだとせかされてはいるのだが、十分な力をまだ持たない自分がもどかしい。神が私を用いるなら、その時々であらゆる力を与えてはくれるだろうが、今は武器を整える事に没頭するしかない。

 私の信仰は、神からの直接ピックアップだった。聖書の解読を直接ダイレクトに行うという方式の出会いだった。恵みは一方的なのだ。信仰は一方的な神から恵みによって与えられる。それと同時に、私のここまでの歩みを振り返る時に、どれほどの豊かな出会いがあっただろうかと思わされる。神は、私のターニングポイントごとにそれ以上ない適切な人材を備えてくれていた。しかし今、その先端を切り開き続けてくれた恩師たちが、病いや老いで倒れようとしているのを見るときに、身が引き締められる思いになる。誰がこの戦いを引き継げるだろうか。この記事を読んでくれている皆さんの中にも、きっと直接呼びかけを受けておられる方がいるでしょう。私に呼びかけると言うことは、同時にこの日本にも何千、何万という人に呼びかけていることでしょう。そうでなければ、一人が100人を相手にしなくてはならないこの状況の中にあって、戦いを進められるわけはない。呼びかけられている方々、チームを作り、共同戦線を張りましょう。
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by dynabooksx | 2007-07-15 07:10 | 恵泉塾

恵泉塾2

 もうスタートして3日めになってしまった。気づいてみると明日で終わりではないか、、、。もう2週間ぐらいここにいたような気がする。もう明日帰らなくてはならない。しかし、自分のこれまでの歩みを振り返り、この道で良かったのだという確信を改めて得ました。

 昨日の夜、体も頭も随分疲れているはずなのに、気が立ってなかなか眠れませんでした。心の中に盛り上がってくる熱い思いをどこかに吐き出さずにはおれず、悶々とあたりを歩いていました。セミナーの内容は、些細な部分が違っていても、私の信仰理解、聖書理解と寸分狂いません。いちいちアーメン(そうですの意)でした。先生は講義の合間合間に質問の時間をとってくれます。私は、そのすべての時間に質問をしまくる覚悟でいましたが、今日の講義の後半の方は、すべてその通りだと思うので、意見できませんでした。きっとクライマックスに行く明日の5章、6章の所もそんな気がします。
 昨日の夜寝付けなかった思い、どうにも納まらなかった思いを今日吐き出すことができました。水谷先生の体験はいろいろ聞いた。でも私の神との出会い、体験を話して共有しなければせっかくこんなに遠くまで、家族に送り出されてきた意味がないと思ったのだ。
 夕方、時間をとってもらい、我が家で80年以上前に福音の種が蒔かれるようになった背景から始まって、現在101歳のじいさんの歩みとそこにつながる、息子である私の父の造り主との出会い、私も実際に自分の目で歴史を見てきたわけではないので確かなことはいえませんが、私の信仰体験と会わせながら大胆な予測を加えながら語ったつもりです。これが案外私の勝手な想像のようで、実際は確認してみるとそうではなくその通りだったと言うことが多々あります。なぜなら、私に出会った神も、父に出会った神も一緒の方だからです。
 そこまで話した後、私の代の話をしました。高校3年の時、アイデンティティが強く犯されるとき、私に神が直接出会ってくださったこと。人を全く介せず、神が直接あの荒唐無稽に思えた聖書に解読を与えてくれたこと。その後、大学に行き東京の教会に行き、また大学の聖書研究会のメンバーに出会った憩いを得たこと。そしてその後に続く、教会の中での戦いを走り抜け、また力を使い果たし燃え尽きたこと。そこにまつわる妻との出会いと歩み、部屋に引きこもるしかないという怒りと憎しみと後悔という暗闇の中で、もがき苦しんだこと。そこに長男光希が誕生し、無理矢理にそこから抜け出され、そこで「もう一度私自身とこの結婚を捧げます」という祈りをしたこと。「私はあなたを祝福する」という言葉を得たこと。そうするとそこから続く未来に対する不安が全くなくなり活動の意欲を再び得ていったこと。その後、自分こそは生粋のユダヤ人いや救世軍人だ行いによって人は救われるのだと考えていた妻が、土浦の教会で聖霊に出会っていったこと。とこの辺までが、現在住んでいる福島に帰るまでのことで、ここから後半戦です。あさ3時頃から起きているので夕方すこし疲れて来ていましたが、再び気合いを入れます。
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by dynabooksx | 2007-07-12 18:21 | 恵泉塾

恵泉塾1

 恵泉塾2日目、いつものことながらリラックスしすぎてしまい。写真やレポートを作ることを今まで忘れてしまっていた。このままでは、喜んで私を送り出してくれた妻や社員たちに申し訳ないので、思い出したように写真を撮った。このレポートを早くアップしたいのだが、予想通りここはPHSがつながらない。家では連絡がないのでやきもきしているだろうか? トラブルがなければよいのだが、、、。

(ここは、セミナー最終日に書いた追加なのですが、丘の上にある宿舎の一部でぎりぎりながら電波が届いたのを発見いたしましたので、一部を先にアップします)

 なんというのか、北海道にきたという実感がない。青森から函館までは、海底トンネルを使ったので、海を渡ったという実感がなく陸続きのようだ。そこからここまでの風景も、広いとは言っても福島の実家の広がりと大差はない。気温も同じぐらいなので、どこにいるのかを忘れてしまう。都会からきた人たちは見る物それぞれに驚きを表しているが、緑も、田んぼも果樹もいつも見慣れたものだ。ただ一つ違うのは、そこにいる人の中身なのだろう。

 今回のセミナーは、ガラテヤ書からということで、講義最初の今日は学び方の基本から始まって1章から練習をするようにゆっくりと読み進んだ。手法は、私が普段している方法と基本的には同じだが、遙かに具体的で実践的であった。特に、聖書の本文を神とこの世、善と悪という構図で、赤と青の色を使ってそれぞれ色分けをしていくところなどはうならされた。普段自然に読みとっていることではあるが、一度こうしておくと、次回から実に楽に全体像がとらえられると思う。これはやってみるとなるほど、目からうろこであった。

 水谷先生の講義はいつものことながら、質疑応答がある。これがなによりもうれしい。聞くだけで終わってしまっては、そのときの印象には残っても、相互のやりとりによる検討がなければ、とことん納得のいく理解に到達することが難しいからだ。毎度、質問をさせてもらった。私は、もともと特定の教派の立場だけを取るということはしたくないし、しないのだが、自分たちの育ったところがどのあたりに立っていたのが、今までよりも見えてきた。

 これを書いたら、強い反発、反論があるだろうか? 先生は福音派は現代の聖霊の働きを認めていないと言っておられた。びっくりした私は、後の食事の席で詳しく聞いてみることにした。言葉尻をとらえないように定義を伺ったのだが、聖霊の働きを認めていないというのは、聖霊の力であり、奇跡を認めていないという意味であった。確かにそういわれてみると、私たちが育ったところでもあえてそれを否定するようなメッセージはせずとも、特にそれを語ったのをほとんど聞いたことがなかった。せいぜい私がよく用いる、「誰も聖霊によらなければイエスを主だといことはできない。」と言うところか、いやそれも使われたのを聞いたことがないかも知れない。個々の教会や牧師の考えは違うだろうが、全体として聖霊の働きを強調はしていなかったと意わざるを得ない。
 私の場合、高校3年の時に自分で聖書を読もうと思って開いたときから、特別な導きで、解読が与えられていったから当たり前と言えば当たり前なのだが、わからない人にとっては私の発言は異様に映っていたのかもしれない。
 私にとっては、使徒行伝にあるような現象はいささかも特別とは思わない。聖霊が働けば当然起こったであろう出来事である。現代にあっても、それは変わらないという感覚を持っている。
 突っ込んで先生に質問したところ、かつてキリスト教会はカトリックが形になっていったとき、奇跡が止まっていきそれが起こるものを異端として排斥していった歴史があると言っていた。これは、なるほどと思った。これまでの私のキリスト教史の理解と照らし会わせてみても合点が行く。排斥されていった多くの者たちは、御言葉のみに権威を求め、社会的な権威に組み入れられるのをよしとしなかった人物たちであったであろう。だからその者たちは、聖霊の力や奇跡を体験していたのだろう。

 聖霊の働きを認めなければ、私たちの信仰はなんの力も持たないことになってしまう。私たちの力以上のことは起こらないことになってしまう。罪を持っている私たちが自力で何か善をなせるわけがあろうか?

 ガラテヤ書1章から、パウロが伝道した直後に福音とは正反対のものが入り、あっというまに教会が変わってしまった様子とそれに対するパウロの怒りを見た。エルサレム教会から、神からの恵みによる福音ではなく律法による救いを呼びかける者たちが来たのだ。私には、このパウロの拳を握りしめた怒りが痛いほどわかる。きっと私も似た精神構造をしているのだろう。教会で、本来の福音ではないものが語られていくとき、私は拳を握り、膝が震えてくる。そのまま立ち上がってすぐさま叫びたくなる衝動に駆られる。この経験を共有できる人がどなたかあろうか? 
 福音に知らない内に混ぜものが入っていき、急速に力を失い、それどころが人の命を奪ってしまうこの恐ろしさを認識しているだろうか?愛とか福音とか呼ばれるものの実がそうではない場合、それはすさまじい破壊力を持つ。なぜならそれを受けるものがそれを防御することができないからだ。これから痛めつけるぞと事前に言ってからするのであれば、さほどのことはない。相手を甘い言葉で安心させて、警戒心をなくしてからの攻撃は、防御できずダメージは深刻になる。強い社会的権力や立場を持つ人間であれば、そこから発せられる言動は、弱者を蹂躙する。私自身このことの恐ろしさを再確認した。

と、まあこんなこと後半の方はセミナーでは全くしてませんで私の勝手な考察です。 
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by dynabooksx | 2007-07-11 04:28 | 恵泉塾

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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