サイゼリヤの考え方

 こんな記事を見つけました。

 テレビ番組は見ませんでしたが、記事からおおよその内容はわかります。サイゼリヤはつくばに住んでいたときから、よくお世話になっていて現在は50キロ四方にはありませんが、通りかかったときに立ち寄る可能性大のお店です。

 これを見る限り私の会社に対する考え方とこの社長の考え方はずいぶん近いといえるでしょう。『同じことをするなら楽にスマートに行こう』とこれまでよく言ってきたものです。日本人はつらい苦しいが好きなように思われていますが、脳生理学から考えてもそんなことはないと思います。つらいことに打ち込んでいる人がいるじゃないかといわれそうですが、私にいわせると周りから見てそういう風に見えるだけで、夢中になっている本人の中でそうではないのだと思います。
 私の自転車が良い例でしょう。周りから見たら何をそんな苦しいことを好きこのんでと言われるでしょう。実際どんな持久スポーツもそうでしょうが、継続して延々と走るのはしんどいものです。実際続かないでやめてしまう人が多いのもそのせいでしょう。まず、身体的、精神的につらいという現実だけがゴールのように見えてしまうとそれを続けられるほど人は強くないのだと思います。誰もが当たり前に乗れる自転車ですが自転車乗りには壁の手前にいる人と向こう側に行く人の2種類がいるように思います。向こう側に行けた自転車乗りは本当に幸福です。乗っている時は天国です。このことを書き始めると長くなるのでいったん切ります。

 自転車に限らず多くの物事にはこういった壁が存在すると思いますが、私が行動を起こすときにはまずこの壁をどうやって超えるかにフォーカスを当てることにしています。そしてその手段は単に『努力をする』とは『つらい思いをする』ではありません。そんなことは戦略としてあえて取り上げなくても、事実そうなのですからそれを目標にする意味はありません。
 私の場合『つらいことが楽しくなるにはどうしたらよいか』に多くの力を注ぎます。まずそれが達成できれば成功だと、、、。例えば自転車のトレーニングの場合、基本的に毎日乗るようにしているのですが、これも上記の理由によります。トレーニング効果からしたら、一日おきぐらいに運動と回復を繰り返した方がよいのかもしれませんが、そうすると負荷がぐっと高い日とそうでない日が出来、高い日が気重になってしまう気がしてしまいます。毎日乗ることが楽しみな日課になれば何も考えなくてもそれが日常になっていきます。疲れたときにはコースによって負荷を調整し気分を変えます。一日2時間乗るのは苦行であると言うより最も自由で解放される『楽しみ』です。今メンタルがどの辺りにあるのかに常に意識を払っています。長く楽しむためにも無理はしません。無理を続けると必ずツケがきて続けられなくなります。これは過去の経験が物語っています。

 大きな山ほど越えたときの喜びも大きいし、越える最中の楽しみも大きい。事前に不安になったり、苦痛が継続することもありますが、そうでなくては面白みがありません。『僕はどんなことでも楽しんじゃうんだ!』大学時代、尊敬し世話になった牧師先生の心に残る言葉を思い出しました。
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by dynabooksx | 2008-09-15 06:56 | 真也の雑記帳

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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