信じる心~おもいつくまままに徒然と

 心がなぜか重い。人々の様々な事を勝手に引きずっているのかもしれないし、単に自分だけの事かもしれない。こういった時、これまでの経験から照らしてみると、たいてい自分のあり方に変化が迫られているときがほとんどだ。
 神様は私に何かを伝えようとしているのだろうか? ああ、何となくわかってきた。でも、認めたくない部分があるんだな。そこが問題なんだきっと。

 私はすでに、自立的な生き方を捨て、神に依存しなくては生きていけない他律的な生き方を選んできたゆえ、神との豊かな交わりがないと日常生活をすることすらままならない。気がついてみると、そこまで行ってしまっていた。このところ、様々な角度からキリスト教について、イエスについて扱っている本を読み続けたが、神を相対化させてとらえようとするものは、興味深い示唆を与えはするが、私の信仰とは相容れないものだった。私の信仰を形作っているのは、何も難しい理論や知識ではない。ただ、信頼しているというきわめて単純なものなのだ。この方に信頼してきて裏切られた事がまだない。私が向こうを捨ててもなおである、、、。私にとってきわめて難しいと思える問題でさえ、思いのつかないやり方で解決を示して下さった。だから、きっとこれからも大丈夫だろう。そんな思いだ。

 このところちょっと、方々へ気を散らしすぎたかな。本来のスローでシンプルな信仰に戻ろう。わけもわからず、突然聖書に出会ったあの日のように、、、。神はそんな、素朴な信頼を求めているのだろう。一度リセットして、御声を聞いてみよう。色々、言いたいこと、不満なこと、不安なこと、どうしてもこうしてほしい事ないわけではないが、何よりも御声が聞きたい。それなしには、どうも行動の意欲が出ないのだ。今は、静かにしていろというならそれでも良い。語ってくださるまで、待つしかないでしょうから。
 今日も、明日もあなたが来られるのを待ちましょう。あなた以上に信頼できる方に私はまだ出会ったことがないのですから、、、、。
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by dynabooksx | 2007-11-06 23:16 | 真也の雑記帳

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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