私のために生きてくれないか~リビングライフ黙想エッセイより

 ずっと以前に、私はこの世で生きていくことに幻滅を感じ、苦しんだことがあります。この世で生きていても、苦しいことばかりで罪ばかり犯してしまうと思いました。それで、クリスチャンになって救われた人は、この世を早く去ることが祝福であるという結論に到りました。それならば、どうしたら早く死ねるのかを考えてみた結果、良い方法が思い浮かびました。断食祈祷でした。今になって考えれば、おかしなことですが、その時は絶体絶命の思いで断食祈祷を通して主に求めました。『神さま、私を連れて行って下さい。生きているのが辛いのです。早く私を連れて行って下さい。』一日、二日が過ぎました。しかし、私はまだ生きていました。耐えられないほど空腹を覚えましたが、40日の断食祈祷をしても死ねそうにありませんでした。それで、力をふりしぼって祈りました。
 『神さま、お願いですから私を召して下さい。』
 その時の主のお心はいかばかりだったでしょうか。ご自分の子供が早く死なせてくれと言っているのですから、そのようにして、三日目を過ぎたとき、主が訪ねて来られました。そして、はっきりとした御声を聞かせて下さいました。『お前は死んだのだよ。これからは私のために生きてくれないか。』主のその御声、これからは死ぬために生きるのではなく、主のために生きなければならないということがはっきりと分かりました。その時、私は死ぬほどの苦しみにあった時は、ひざまずいて祈ればいいこと、主が御声を聞かせてくだされば、すべてが平安になるということを確かに体験したのでした。
             ー教会はひざまずく祈りで建てられる/チョン・ピルド



 人は自分以外の誰かに、あなたはそれで良いんだといって価値を認めてもらえない弱い生き物ですね。自分の生きる意味が分からなくなったとき、あなたを生かしている方が、新たな生きる意味を与えようとしているチャンスなのかもしれません。


 もはや私が生きているのではなく、キリストがわたしのうちに生きておられるのである。今、私が肉体をもってここに生きているのは、私を愛し、私のためにご自分のすべてを捧げてくださった神の御子を信じることによって、生かされているのである。
                   ガラテヤ2:20 
   
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by dynabooksx | 2007-11-02 16:33 | 真也の雑記帳

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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