もの足りなさ

 近頃、何かが足りていない気がする。風邪を引いているせいで昼間寝ていた事と、連休であることも手伝ってこんな時間まで起きている。ネットで何となく調べ物をしていたのだが、ここしばらくピリッと来るものに欠けている。私の根底を揺るがしてくれる何か。そういったものが、頻繁にないと私は満足できない造りになっているようなのだ。こればっかりはどうしようもない、ずっと付き合ってゆくようになるのだろう。
 この足りなさが、だんだんと積もってゆくとある時突飛な行動に走るようになる。私としては至って普通の行為なのだが、まわりからはそう見えるらしい。愛理は私のことを恵みを探り歩く『楽しいこじき』だと評する。この渇きこそが行動の原動力になっていることを私もよく認識している。現在101歳になる祖父の生活スタイルを見るに付け、同じものを受け継いでいるとするとこれは年齢と共に低下してゆくというものではないようだ。

 ふと気づいてみると、ずいぶんたくさんの願いがいつの間にかかなえられてきたものだと思う。子供の頃から疑問、矛盾に思っていたこと、うまく言葉にすることすらできなかった葛藤など、ことごとく表面化しまた解決されてきた。恵みを数えるとつくづく御言葉の確かさにうならせられる。特に、妻愛理のこと。当然最も近くにいる人間関係だから気になるのは当たり前だ。夫婦一体となっているため、彼女のあり方は私の存在に直結する。彼女の魂、信仰のことを出会ってから約10年考え続けてきた。
 ここに来て、いよいよ私のできることも終わりに近づいてきたようだ。(っていっても離婚するわけじゃないよ) 彼女は、私が案内をしなくとももう十分に神から良いものを好きなだけ頂くようになった。また、私自身も彼女によく訓練をしてもらった。私をこれだけ砕き揺すぶらせる事ができるパートナーはそうはいないだろう。いやぁ、感謝感謝。
 私達夫婦はお互い一つのターニングポイントに来ていることを認識している。この二人を結び合わせることで互いに磨き合うという訓練の一段階を終えようとしているのだろう。ほっとする反面、やはり問題がなくなってくると新たなテーマを探して、私のもの足りなさのメーターが上がってくる。
 
 面白いことに以前は互いの精神状態がバラバラのように感じていたのに、今は不思議なぐらい同期してくる。私がこのような気持ちを持つときは、向こうも同じようになるのだ。不思議だなぁ夫婦って。
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by dynabooksx | 2007-09-17 00:54 | 真也の雑記帳

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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