日曜日

 月に1度は仙台の教会に出かけるようにしている。8月も、あちこち出かけることになっているのでこの時だと思い、朝7時に投票を済ませ100㎞北の仙台へと向かった。
 思いがけず、ほとんど初対面の姉妹と出会いそれぞれの信仰についてゆっくり話せた。これまでそれぞれ別の人生を歩んできていても、同じ神と人格的な交わりを持っていると、神に対して同じ印象を持つようになる。そしてもうずっと前から互いに知っているかのような交わりが即始まる。
 不思議なことだ。どこに出かけていっても仲間がいる。どこへ行っても自分の家に帰ってきたようだ。皆が同じ存在によって繋がる家族だからなのだ。

 学校、職場、地域、家庭という共同体が破壊され、その存在意味が薄れていく中で、人々はそんな交わりと安心感をどれほど求めていることだろうか? 天から流れてくる圧倒的なめぐみに皆が潤され、それを外に流さずにはいられなくなる。世の人々は、私達が思うより遥かに敏感に教会にそれがあるかどうかを期待し、注目している。私達が真に無限なる方と接続されていなければ、それが湧き出る泉なのか単なる水たまりなのかをすぐに見抜いてしまうだろう。

 つい最近、私のアンテナにこんな本が引っかかってきた。

レボリューション ~今、教会に起こりつつある革命~
ここでも紹介と説明があります。


 私から見れば当然といれば当然なのだが、米国の教会で新しい動きがあるようです。熱心な信徒達が次々と教会から離れていっているというのです。今日さっそくアマゾンで注文してみましたが、私が思うにこれは新しい動きではないんですね。ここに来て表に見えるほどの動きになってきたのでしょうけれど、もともと聖句主義者達は変に群れないんですよね。群れる必要がないといった方がよいかもしれません。聖書の神との繋がりを最優先しそれからつながる交わりだけでよしとする。後は何もいらない。初代教会のような状態の人達です。きっとその人達は、既存の教会に通いながら、足枷をはめられているような疑問と葛藤を覚え、神に熱心であるがゆえに教会から表からはわかりにくい形の迫害を受けてきた人達でしょう。聖書のみに基準を設け、組織や権力に組み入れられることをよしとしない人達です。
 結果として、そこを出ることによって自由な信仰や楽しさに目覚めていく。聖書、使途行伝が示す原点に還って行くわけですね。読む前に勝手にこんな予想をしてしまいました。違うのかなぁ? 楽しみです。


今回、お会いした方の旦那様は私と同い年でこういうことをなされています。(って知ってる人だけど、、、) ブログ見つけました。

目指せ、世界進出!の前に日本制覇!まずは新潟だ!
~一言メッセージ :新潟発信のパントマイミスト、なかすぺ!の世界!~

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by dynabooksx | 2007-07-29 22:28 | 真也の雑記帳

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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