渇き、、

 人間とは不思議なものだ。平安、安心を望みながらも同時に不安定、ドキドキを求めたがる。以前、人は遺伝子の中に不安定要素とかといって、その人がどのくらい不安定な状態を好むかどうかと決定する要素があると聞いたことがある。狩猟民族にはそれが多く、農耕民族は逆なのだという。
 私はといえば、我が家には101歳になるじいさんがいるが、彼の好奇心は度を超している。時に、自分とほとんど関係のないトラブルまで引き込んでくる。人はこれを病気なのだというかもしれないが、私はこの気持ちが分かるような気がする。人生のより深い味わいを求めての事なのだと思う。人ともっと深く関わりたい。傷つけたり傷つけられたり、迷惑を掛けたり掛けられたりするかもしれないが、それでも人生の問題を共有し、感度を上げて生きていきたいという思いが彼には強くあるのだ。
 私は、孫達の中でも特に彼の特性を引き継いでいるのかもしれない。安定、何もない状況への耐性が低いのだ。正直に言おう。人が問題を抱えているときに、何だか嬉しくなってしまう心が私の中にはある。いやらしいやつだと思うだろう。その通りだ。しかし、これは私と比較して自分が安心するための事ではなく、その人の不安を共有したいという思いから来るのだ。

 キリストは、人となり、人と同じ視点で喜びも悲しみも体験された。そこは、自ら命の源である創り主から離れ、死を選んでゆく人類と思いを共有したいという神の強い熱情から生み出された出来事だった。神は、ひとり子であるキリストを人々の恨みや苦しみによって十字架にかける事を許され、その罪を受け取った。罪をそのまま、神の下へ持ってゆくことでそれが解決されるのだということを、歴史的事実をもって示してくれた。今の時代はその延長にある。この出来事を事実として受け入れれば、罪の赦しを経験し、新たな生きる意味、意欲が湧いてくる。この思いは、つらい過去ではなく未来の希望へと向かい、周りの人へと伝播してゆく。

 あっ、QTの時間がなくなる。終わりにしよう、、、。
[PR]
by dynabooksx | 2007-07-03 06:24 | 真也の雑記帳

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31