2007年 03月 31日
旅の記録、前半
結果からいうと、今回の私の旅は途中で挫折いたしました。常磐道を南へ南へと東京まで行きましたが、そこで私の自転車旅行は終わりました。なぜでしょう? 理由はいくつか考えられます。結構からだが疲れていたこと。その後天気が崩れていったこと等色々あるでしょうが、やはりそこで満足してしまったことが大きいでしょう。何を言っているのか分からないでしょうが、そこで私の乾いていた思いは満たされてしまったのです。自転車で旅に出るというのは、実は肉体的にも精神的にも大変な忍耐を必要とし、苦しいものです。しかし、こういったものを私は、時折どうしても必要としてしまいます。今回も前回の旅から半年、冒険を求める心は随分高まって来ていました。
朝5時、外がなんとなく明るくなってくる。寒いが、一度も途中で起きなかった。6時過ぎまでラジオを聞きながら残りの果物を食べながらうだうだしていたら、近所のおじさん、おばさん達が犬を連れながら散歩してくる。挨拶をしていたら、いつの間にか集まってきて座談会になる。そこで記念にパチリ。
荷物をまとめ、南に向かう。途中2月に走った勝田マラソンのコースを一部通りながら本日の目的地土浦に向かう。国道6号をひた走り、昼前に土浦めぐみ教会に到着する。ここでは、今回の旅の後半で起こることの下地とも言える牧師達や信徒との豊かな交わりがありました。そのうちの一つを書きましょう。
H先生は出掛け際に私の所に寄って下さいました。いつも明るく挨拶してくれるナイスガイです。おもむろに彼は、『奥さん元気?』と聞いてきました。今までそんなことを話したことはなかったように思いましたが、ブログを読んでいてくれるからでしょうか、私たちの現状が良く分かるのです。『何でそんなに分かるの?』と聞くと、それは、『牧師の霊的洞察だよ』と笑いながら話していました。彼は子供への信仰の継承についても心配してくれました。初め何のことを言っているのか分かりませんでしたが、子供は造り主がおられることが素直に分かるというのです。私は、確かにクリスチャンホームに育っていますが、強制されなかったし、魅力を感じなかったので子供時代の教会生活が薄かったので、小さい子供が造り主を知り十字架を知ることはあり得ないとは言えないが、難しいだろうと考えていました。きっとずっと後に親元を離れ、自分の存在の意味に悩むときに初めてだろうと、ある意味無責任に考えていました。しかし、彼はクリスチャンホームには特別なめぐみがあるのだと説きます。親意外にも、教会によりクリスチャンの大人やその子供と接する事によって豊かさを知るのだと、、、、。
彼の言葉は、その後の私の心に大きな鐘をならしたようにグワーンぐわーんと響き続けました。信徒同士の交わり(教会)ってほんと大事ですね。私以上に妻や子供達に横のつながりが必要なのだと強く思いました。そして数日後このことが、私がずっと前から考えていたあることを決心をさせる原動力なるのです。
後半へ続く、、、
by dynabooksx
| 2007-03-31 14:47
| 信仰者の歩み