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結婚について思うこと①

 今年の9月で早くも結婚5年目となる。ついつい今が当たり前だと思ってしまうのだが、その時々は行きづまり、もうだめだと思ったことが何度もあった。それはそのはず、私達が結婚をした頃、私は精神的にもっとも追い込まれた状況にいた。今思えば、キリストが招いていたと言う事もできるが、自分の力ではどうする事もできないことを思い知った時期であった。では一人でだめなら二人で力を合わせれば、、、。って思うでしょう? それでも駄目でした。私の抱えていた問題は根の深いもので2人で協力すると言っても向かい合っていがみ合うばかりで大変なものでした。繰り返しになりますが、結婚に際し、己の無力さを痛感させられました。その中である方から、結婚とは向かい合う事ではなく、同じ方向を向く事だよと教えていただきました。実は、我が家はその家庭から大きな影響を受けています。たいてい誰でも基になる価値観と言うのは、はじめ親から引き継ぎます。イメージする家庭像も自らが育ったものでしょう。いくら耳で”家庭とはこういうものだ”と聞いたとしても、実際にそれを体験しなければ具体化するのは難しいでしょう。私にとって、その家族との出会いは当時ショッキングなものでした。ひとつエピソードを書きます。
 ある夕べのことでしたが、皆で話をしていると妻と夫の間で軽い口論になりました。(その家族は本当に楽しそうに議論をします。そういうのを私はあまり見たことがありませんでした。) 妻が夫へこう言いました。
 『何よ、あなた、罪びとのかしらのくせに!!』
それに対して夫はなんと答えたと思いますか? 顔色ひとつ変えず、
 『いかにも、私は罪びとの頭です。』
っと答えたのです。その家族では当たり前の会話だったかもしれませんが、当時の私にとってこれは大きな驚きでした。子供達に対してもしっかりと『個』を認めていたのを感じました。普通だったら罪びとの頭だなんて言ってって言われるかもしれませんが、そんな事を当たり前に投げ合えるそんな家族になりたいと強く思ったものでした。
 『ありのままを受け入れる』世間一般の目を強く意識するこの国の中で、実現する事は難しいのかもしれません。常に、常識との戦いがあるかもしれません。田舎に来るとそれをより強く感じます。個人に物を考えさせないように(個を殺すように)コントロールされているように思います。慣例、風習を重んじそれらの意味を考えず、表面的にそれを行ったかどうかで評価する。こんな所でしょうか、、、。人の本当の所とコミュニケーションしたい、という強い願望を持つ私にとって窮屈に思えます。でも聖書にこんな言葉があります。

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
 
ここで言う『世』とはさまざまなものを含みます。私達が誇りに思うことも、そうでないことも、華やかなところも、影で汚れているところも、、、。神はその『世』を愛された。ひとり子を与えたほどに、、、。今いるこの地も、確実に神は愛してくださっている。神が受け入れてくださっている事を知る事が出来ますように。
by dynabooksx | 2004-06-14 21:53 | 真也の視点

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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