北陸から双葉郡への真宗移民の歩み

ツイッターで大変興味深い出会いがあった。ある方を通してこの2冊の歴史書を送って頂いた。
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↑この歴史をまとめられたのは、北陸は富山県の真宗大谷派大福寺住職であり、日本民藝協会常任理事、となみ民藝協会会長をされている太田浩史(おおた・ひろし)氏です。

♪ほんの一部内容をご紹介します♪
天明の大飢饉からはじまった双葉郡への移民。相馬中村藩主が積極的に北陸からの真宗移民を受け入れる政策を推進した事が大きいが、温厚で親切な双葉郡の住民、冬に温暖で雪の少ない双葉郡は、移住先としてはとても人気があったそうです。

双葉町に富山柿(富有柿)が多いのは、北陸からの移民が生の大根に枝を挿して持ち込み、それが多く根付いた事によるそうです。

「お殿様が土地をくれてやっても、水はやらない。。」その他移民に対して、地元民の心無い偏見差別なども残念ながらあった事。

相馬藩は土葬の習慣だったが真宗移民は火葬だった。移民が土着するにつれて、地元民移民との結婚も進んだが「あの家さ嫁に行って、死んだら、身体焼かれっちまうからやんだ。。」という女子もいたという。

二宮金次郎が相馬藩復興の際に、行動力ある最強のアドバイザーであり、救世主的役割をした事なども詳しく書かれています。


などなど、先祖達のぬくもりを近くに感じるような、その息遣いを聴く事が出来るような、素晴らしい歴史書です。この避難している時に出会えた事が偶然とは思えませんでした。
ありがたいことに、興味のある方には、この歴史書を送ってくださるという事です。もし読んでみたいと言う方は、ブログからメールでも良いですし、直接私に連絡を下さい♪

*ちなみに廣田家は、古くからの地元民で移民にも色々と良いお世話をしてきたようです。
享年105歳で無くなった潤身おじいちゃんの奥さん(ばあちゃん)の家は、北陸からの移民の家系だったと聞きました。人間の出会いは本当に不思議ですね♪

太田先生は、この歴史書の最後に
~2011年9月28日、相馬移民200年門徒交歓会を終えて 「この書を原発事故被災地の土徳復興に捧ぐ」と書き記されています~
約200年前の、さらにもっと前の先祖達の双葉郡でのあゆみ。
奇しくも相馬野馬追がはじまる熱い夏、
先祖達のたくましく、苦労と血と汗、涙多い、しかし生きる事をもっとも大切にした姿に、避難している私達も学ぶ事が多くある!そんな力の源を見つけたと感じました。

この出会いに心から感謝しつつ。。。
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by dynabooksx | 2012-07-21 22:49 | 愛理の避難生活

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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