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地の塩、世の光

今日も、たくさんの人と話す機会があった。こういうものはその時のタイミングなので、計画してあるものではない。じっくり一時間ほど話すことが出来たのは、仕事場の施設の施設長なのだが、優れた人間性と能力を備えているにもかかわらず、自治体の公の組織というのは硬直していて、皆自分の利益ばかり求めて、集団が全く機能していない、税金がどぶに流されている。どこも同じだなぁ。キリスト教会も良く似たものが多いのではないかと話しを聞きながら考えていた。

私もここに来てから10年が経つが、その過程には多くの試みと戦いがあった。私自身の成長とともに、だんだんと大きな問題も容易に解決できるようになっていったのだが、たいていどの場合も最後は私の信仰の問題であり、私が自分のこだわりを捨てて、神の前に屈服しその力と支配を受け入れることで急速に結末をみていった。振り返ってみて、最終的にほとんど勝率100%なのだが、自分で何かを為したという実感がない。自分が手を引いた事で、事が進んでいくのだから、勝手に動いて行ったという感想があるのみなのだ。だからして、これは恵み以外の何ものでもないと心から言うことが出来る。私の行くところどこでも祝福するという約束は、真実なのだ。

このところ、厳しい記事が続いてしまったかもしれない。ちょっと生き急ぎすぎかもしれない。これが自分の使命だと感じてはいるのだが、遊びをなくしてはいけないとも思う。しかししかし、世の中を見るに、なんと行き詰まり切った状況なのだろうか。自分を犠牲にしてでも他の人々を生かそうとするために使命を果たそうとする人々が少なすぎる。少ないからこそそのような人が輝くともいえるが、一人がカバーできる範囲にも限界があるだろう。今日の彼も、行く先を案じて疲れきっていた。

こういう人たちの為にも、私の役割は大きいと再認識した。これまで、私も自分のこと、自分の家族のこと、自分の会社のことばかり考えてきた。自分の会社がかなりのまとまりを見せてきたからには、これからは、どうしようもないと思える周辺のために仕えていくということが必要となるだろう。私たちの益のためではなく、その人たちの益のために、、、。それが出来るのは、主の犠牲を知っている者の特権だから、、。そう考えるとこれまで膠着していて解決がないと考えられていた物事にも俄然やる気と解決が見えてくる。完全な愛は恐れを取り除くのだ。

まずは、私たちの仕事でなくても受け持てるものは率先してやろうと思う。相手の仕事あっても、こちらのノウハウを与えよう。実際、同業者からは抜きに出てしまっているが、これからは周りの底上げのために動いてみよう。手間や労力はかかるけれども、それ以外のマイナスはないのだから、、、。こう考えてみると、競争社会、強いものが弱いものを踏みつけていく社会だが、それとは違ったものを生み出していけるような気がする。小さなところからだが、それは確実な絆となっていくだろう。そのようなことを考えて働いている人が、身近にいることに励まされた。

そういう人を、神様は与えて下さっているんだねぇ。彼は勉強家なので、話の中にたくさんのことわざ等を入れてくる。私はそれに重ねて次々と聖句を合わせていった。そんな言葉が聖書にはあるのかいと目を丸くしていた。彼にも聖書を買っていかなくちゃな。まだ定年引退まで7年もある。あきらめないで一旗はためかせてほしいものだ。また話しに行くのが楽しみになった。

いったい誰がクリスチャンだというのか。誰が地の塩、世の光だというのか。これまでの自分のあり方を振り返って、恥ずかしくなった。


補足で、、。

完全な愛は恐れを取り除くというのは、聖書の言葉なのだが、聖書で言う「愛」はキリストに見られる自己犠牲の愛を示すので、完全な愛といえば自分の犠牲を一切気にしないと言う事になる。従って自己を守ろうとする必要を感じていないので、当然恐れは無くなるというわけだ。極めて単純なロジックだが、他人に物事を説明するにはこの様な理解が大切なのだよ。説教者の皆さん。
by dynabooksx | 2011-01-31 20:12 | 真也の視点

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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