名古屋見物

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名古屋ツインタワー
 前後、余裕をもって出かけてくるっていいですね。仕事関係があったのは火、水、木の三日間だが、金曜の夜遅くから出かけかえるのは次の日曜だ。私は生活に追われると言う事がない。それは仕事の立場があるからだろうといわれそうだがそうとも言い切れない。どんなに時間に余裕があるような仕事について、十分な収入があったとしても人は真に優先すべき事を知らなければ身近に迫ってくる雑事に追われて一生を終えてしまうからだ。私は今、恵みの中に生きている。その事が私にとって最優先すべきことであると気づく時、全ての物は祝福され感謝へと変えられてゆくのだ。どのようにして生きて行こうと必死に模索し、努力していた時には到底感じられなかった事だ。私は、神が生かしてくださっているから生きる。神が私を生かす限り、神が私を闇の中から呼び出した意味、使命に従順でありたい。
a0023043_19385322.jpg ああ、全然名古屋見物の記事ではなくなってしまった。
今日は一日自由だったので、子供達を置いて名古屋の駅ビルに出かけた。都会を歩くのは久しぶりだ。愛理は高島屋、私はビックカメラへと向かう。う~ん、店は大きくて品数が多いが普段ネットで買い物をしている私には値が高すぎる。それに、嘗てはこういう所に来るとそれまで気にならなかった物まで急にほしくなったりしたものだが、いまいち購買意欲が湧かない。特別に必要でないそれをもし買ったとしても、その喜びは一瞬でさめてしまう事が読めるのだ。主と共に生きる事に匹敵する継続する喜びを私は知らない。私の中に主が生きて働き、その喜びが周りの人にも伝わってゆく。その事によって喜びはまた倍増する。こんな楽しい事が他にあろうか。回りの人々を見回してみる。あたりを気にして眉を寄せている人、一見楽しそうにしているがどことなく寂しそうな人、この福音を必要としている市場はまだ十分に需要が喚起されていないだけで、圧倒的規模を持つのである。これから私は、いったいどれだけの人生に触れていくのだろう。そこでかかわりを持った人がまたそれぞれの場所で新しいかかわりを持つ。宣教という愚かさを使って主は福音を伝えられるとパウロは言ったが、全てを支配しておられ思いどうりにする事が出来る神が、私達に福音を託し、人と人の関係を通してそれを伝えるように勧めておられる。滅び行く体をもった私達にとって、こんな喜びがあるだろうか。この世において使命がある。この事が私を突き動かす。生きる力が湧いてくる。全てのクリスチャンはこの事へ召されているのです。そこにこそ本当の喜びがある。
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by dynabooksx | 2004-10-01 19:44 | 真也の雑記帳

真也の歩み、愛理の子育て日記。私たちは福島第一原発5kmの双葉町民。時代は動く。私たちはその目撃者になる。画像のペレット&薪ストーブは、真也の施工作品。新天地を暖かく燃やし照らしてくれる。
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